大阪大学 工学部/工学研究科 Homeへ
大阪大学 工学部/工学研究科 Facebokページ
大阪大学 工学部/工学研究科 Instagram
大阪大学 工学部/工学研究科 Twitter
アクセスマップ
大阪大学
English

研究紹介

HOME > 研究 > 研究紹介 > 生命先端工学専攻|村中 俊哉 教授
生命先端工学専攻 「植物の遺伝子資源を有効活用する代謝エンジニアリング」
植物細胞が持つ機能を遺伝子レベルから解明 ゲノム編集で毒のないジャガイモも可能に 生命先端工学専攻 村中 俊哉 教授

植物が作り出す化学物質を有効に活用したい

「動物と植物の違いは何ですか?」

創薬や食糧増産、環境保全など、人類の様々な課題解決につながる先端研究を説明するとき、村中教授はこんな質問を投げかける。答はシンプルだ。そう、動けるか動けないか。

『動物は動けるから自ら餌をとって食べますが、植物は動けないから光合成をしてエネルギーを作ります。では敵が来たらどうするか。動けない植物は何もできないのでしょうか。そうではありません。彼らは化学物質を使います。敵がいやがる化学物質を作って寄せ付けなくしたり、毒になる化学物質を作って敵を殺したりします。葉っぱを食べる葉ダニが現れたら、揮発性の化学物質を作って葉ダニを食べる肉食性のダニを呼び寄せるなんてこともするのです。このように植物の生存戦略は実に巧妙で、化学物質の数は100万種以上に及ぶといわれています」

身を守るために植物が合成する化学物質には生物活性がある。生物活性とは、生物の特定の生理機能に対して影響を与える力のことだ。つまり、その機能や合成の仕組みを解明すれば、医薬品や機能性食品、香料といった有用物質に利用できる道が開かれる。村中教授は、この植物が行う合成(代謝)に着目し、分子、細胞レベルでの研究に取り組んでいる。その研究が大きく進展し始めたのは今世紀に入ってからだという。

「それまではいろんなことがブラックボックスでした。例えばAという物質からBという物質が合成されるはずだけれど、肝心のそのプロセスがわからなかったのです。しかし、ゲノムの解読が進み、遺伝子が解明されてくると、いろいろなことが理解できるようになってきた。植物の代謝を利用したものづくりや作物から毒を取り去るなど、不可能だったことが可能になってきたのです」

貴重な植物の薬効成分がパン酵母で生成可能に

植物が作り出す特定の化学物質が薬になることがわかったとする。しかし、その化学物質を人が利用できるほど大量に手に入れるのは簡単なことではない。植物が合成する化学物質は構造が複雑で化学合成が難しく、コストもかかる。また、特定の化学物質を合成できるのは、特定の植物の特定の部位に限られるため、栽培して成分を抽出しても微量しか取れない。そこで注目されるのが植物代謝エンジニアリングである。

植物が作り出す化学物質は、植物体内で起こる多段階の酵素反応を経て合成されている。そのため、合成に関わる酵素の遺伝子がわかれば、その遺伝子を他の生物(微生物)に導入し、その生物が持っている代謝経路を利用して目的とする化学物質を作ることが可能になる。化学合成でも植物からの抽出でもない、これまでにない生産方法だ。


第2のレアアースとも呼ばれる生薬甘草(カンゾウ)の薬効成分「グリチルリチン」の前駆体をパン酵母菌に組み込んで培養する新しい生成方法を開発した。

すでに村中教授の研究室では理化学研究所と共同で、この研究に先鞭をつけている。抗炎症薬や抗アレルギー薬などに使われる甘草(カンゾウ)の薬効成分の生産に関わる2つの酵素遺伝子を特定し、それらを成長の速いパン酵母菌に組み込んで培養。薬効成分が生成されることが確認された。現在は産学連携によって生成量の拡大に向けた研究が進められている。

「甘草を育てても薬効成分が取れるまでに5年もかかり、含有量はわずかです。そのため第2のレアアースとも呼ばれ、日本は全てを輸入に頼っています。代謝エンジニアリングによる新しい方法が実用化されれば、植物をたくさん育てる必要もなく、また化学合成とも違うので、環境に負荷をかけることなく持続的に薬効成分を生成できます」

薬が作れるのなら、毒をなくすこともできる

薬と毒は裏腹の関係にある。甘草の薬効成分と同じ構造を持つ化学物質には食中毒を引き起こす物質もある。それがジャガイモの毒だ。そこで村中教授は「薬の元を作れるのなら、逆に毒の元をなくすこともできるはず」と、理化学研究所などとチームを組み、毒のないジャガイモの研究に取り組んできた。ジャガイモを調理するとき私たちは芽や緑色になった皮を取る。食中毒の原因物質がそこに含まれているからだ。直接口に入れる食用作物として、ジャガイモはコムギや、イネ、トウモロコシに次ぐ主要作物であり、国連が定める持続可能な開発目標の1つ、食糧の安定確保と栄養状態の改善に資する重要な作物に位置付けられる。毒のないジャガイモができれば、食中毒を防ぐためにかけている貯蔵や流通、調理の手間と費用がなくなり、安心して食べられるようになる。


実験段階ではマイクロチューバーと呼ばれる試験管の中でゲノム編集されたジャガイモを育成する。

育種家も長年トライしてきたが、誰も成功していなかった。そこで村中教授ら研究チームは食中毒の原因物質を合成する多段階の酵素反応経路および酵素遺伝子を特定する研究を開始。蓄積された知見をもとに仮説と検証を繰り返した結果、合成経路を解き明かし、鍵となる未知の遺伝子の存在を突き止めた。

ゲノム編集技術で狙った変異を誘発

この特定された遺伝子を破壊(切断)することができれば食中毒の原因物質の生成につながる経路を遮断することができる。では、どうやって標的となる遺伝子を切断するのか。これまで遺伝子を狙って切断することは困難だったが、近年、「ゲノム編集」という手法により、遺伝子をピンポイントで切断することが可能になった。

『ここで知っておいてほしいのが、遺伝子は切断してもすぐ破壊されるのではないということです。DNAには修復機構が備わっており、紫外線や発がん性物質などで遺伝子が切れても通常は元通りに戻ります。しかしある一定の割合で希に修復ミスが起こり、一部の塩基がなくなったり置き換わったりするわけです。これが自然突然変異であり、育種に大いに利用されてきました。ゲノム編集もこの現象を利用しています」

標的遺伝子を認識する部分とハサミの役割を部分を持ったゲノム編集ツールは、狙った遺伝子を繰り返し切断するため、修復ミスが生じる。ゲノム編集では、狙ったところの変異の頻度を高めているというわけだ。

実験の結果、標的遺伝子が破壊されたジャガイモは毒物が激減し、植物室内で正常に生育することが確認された。


芽などに毒を持たないジャガイモの開発の流れ。ハサミとなるゲノム編集ツールを核ゲノムに入れずに標的遺伝子を切断する手法を考案した。



ゲノム編集によって食中毒の原因物質(ソラニン、チャコニン)が大幅に低減した。

しかし、これだけで毒のないジャガイモの誕生にはならない。ハサミであるゲノム編集ツールが核ゲノムに残ったままでは予期せぬ影響があるかもしれないからだ。イネやトマトなどの種子繁殖性ものは、掛け合わせによってハサミを抜くことができる。しかし、ジャガイモは栄養繁殖で維持されており掛け合わせが非常に難しい、また、遺伝子がヘテロで存在しているので、たとえ掛け合わせてハサミが抜けたとしても元の品種と同じものにはならない。そこでチームは異なるアプローチを開始する。

「ハサミを入れるから抜かなければならない。ハサミを入れないで標的遺伝子を切ってしまえばいいじゃないか。発想の転換ですね」

植物の場合、「アグロバクテリウム法」という方法で外から遺伝子を導入した場合、外来遺伝子が核ゲノムに組み込まれる前に、一過的に大量に発現することに着目。ハサミの遺伝子を一過的に発現させることで標的遺伝子が切断できる手法を見出し、この手法でも毒物が激減できることを確認した。より自然突然変異に近いことから、毒のないジャガイモの実用化に一歩踏み出したと言えるだろう。

生物資源やバイオテクノロジーを活用したものづくりの時代へ

多段階の酵素反応による化学物質の産生経路を解き明かし、ゲノム編集技術をより進化させれば、毒のないジャガイモだけでなく、毒を作る経路を薬を作る経路に変えることが可能になるかもしれない。村中教授の研究室ではそんな「代謝のスイッチング」の研究にも取り組んでいる。健康にいい成分をより多く含んだジャガイモが期待できるだろう。

そして村中教授は、さらなる未来も見据えて語る。


ダイズやジャガイモなどの作物が有する毒の産生経路を医薬品の原料の産生経路に「スイッチング」するための技術を研究している。

「工学部でなぜ植物の研究をしているんだろうと思うかもしれませんが、代謝という植物の生合成の仕組みを利用したものづくりはエンジニアリングであり、まさに工学です。元来、我々がいる生物工学は、お酒造りの醸造のプロセスを管理することからはじまり、醸造から発酵へ、さらに微生物から植物細胞や動物細胞へと研究対象が広がっていきましたが、一貫して、さまざまな生物の能力を使ったエンジニアリングを研究しているのです。脱石油が叫ばれ、石油依存型のものづくりから生物資源やバイオテクノロジーを活用した持続可能なものづくりへと社会が大きく転換しようとしている今、生物工学は時代の真ん中の研究領域であり、植物代謝エンジニアリングへの期待や重要度はますます高まっています」

生命先端工学専攻 村中 俊哉 教授

〒565-0871 大阪府吹田市山田丘2-1 / TEL.06-6877-5111(代)

©School / Graduate School of Engineering Osaka University.