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生命先端工学専攻「イメージング質量分析手法の研究と応用」
光学顕微鏡では決して見ることのできない試料中の成分をイメージング質量分析で可視化 生命先端工学専攻 新間 秀一 准教授

見えないものを見ることで科学は発展

科学の発展の歴史は、見えないものを見えるようにしてきた歴史でもある。ガリレオ・ガリレイは、月の表面に山や窪みがあることを見つけ、窪みにクレーターと名付けたが、それは世界初の望遠鏡を自作したことで成し得た功績だ。生体の最小単位をcell(細胞)と名付けたロバート・フックの功績も、自作の顕微鏡によってコルクを観察した際に、小さな部屋のような構造を発見したことに由来する(※顕微鏡の発明はヤンセン父子)。「百聞は一見にしかず」ということわざがあるように、「見る」ことができれば、そこに未知の世界への突破口が開けるのだ。

新間准教授の研究も、これまで見ることのできなかったものを見えるようにしたという点で、望遠鏡や顕微鏡の発明に匹敵するだろう。

望遠鏡や顕微鏡は光学的に対象物を拡大して見ることができる。ただし、弱点がある。対象物の構造はわかるが、それが何からできているのか、成分はわからないのだ。成分を知る方法としては「質量分析」という手法があるが、それは対象物をひとつの塊として捉えて組成をグラフで表すに過ぎない。

そこで考えられたのが、両者のメリットの融合だ。「どんな成分が、どこに、どれだけ」あるのかを見る、「イメージング質量分析」という新手法だ。

イメージング質量分析は、専用の装置を使って薄くスライスしたサンプルを作成することから始まる。生体組織の場合、その作業には熟練を要する(写真はマウスの脳)。 質量分析は、イオン化した分子が試料表面からゴールである検出器に到達するまでの飛行時間を検出することで質量を測定する。サンプルはそのままではイオン化しないため補助剤を蒸着・噴霧するなど前処理が必要。
何千点、何万点の計測データから高解像度の画像を描画

どうやって成分を画像として見るのか。まずサンプルを用意し、顕微鏡で観察する場合と同様に薄くスライスし、ガラスプレートに載せる。これをイメージング質量分析を行う装置(新間准教授と島津製作所のコラボレーションによって開発されたイメージング質量顕微鏡iMScope TRIO。以下、iMScope)に入れ、内蔵された光学顕微鏡でサンプルを撮影する。そして、一旦サンプルを取り出して前処理を行う。前処理は、サンプル表面にレーザーを当てて分子をイオン化するための補助剤を蒸着・塗布する作業で、この補助剤の選択や処理方法にも蓄積された独自のノウハウがある。

それができれば再度サンプルをiMScopeに入れ、先に撮影したサンプル画像を使って質量分析の詳細な条件を指示するのだが、ここからがイメージング質量分析の核心部分となる。

1秒間に1,000発も照射可能なレーザーを使い、最高5マイクロメートル間隔という精度で、サンプル上の何千点、何万点というスポット1点1点の質量分析をやってのけるのだ。スポットの数はデジタル写真のピクセルに相当するため、マススペクトルによる成分分布グラフから狙ったピークを選び、その強度分布を描画してやれば、あたかも顕微鏡で観察したような高解像度の成分分布画像ができあがる。

新間准教授が島津製作所とコラボレーションして開発したイメージング質量分析鏡iMScope。

素粒子物理学と生理科学が融合

新間准教授が、イメージング質量分析の研究を始めたのは2004年。アメリカに遅れること7年、日本ではまだ誰も手掛けていなかった。それから10数年。今ではこの分野で世界の最先端を走っている。なぜ、新間准教授は"夢の道具"だったイメージング質量分析を"役立つ道具"にまで高めることができたのか。

実は新間准教授のバックグラウンドは物理学。宇宙飛行士になるのが夢で、大学では素粒子物理学の研究室に所属。修士課程ではスイスにある欧州原子核研究機構(CERN)で、検出器など様々な実験装置の作製やデータ解析手法の開発を行っていた。その後、進路に迷っていたときに、田中耕一さんのノーベル化学賞受賞の報に触れ、「これからは物理屋が他分野で活躍する日がくると思うし、質量分析のような新しい技術開発が科学の鍵となる」と直感。生物学へと分野を変えた。

「当時は異分野融合が騒がれ始めていた頃でしたが、実際にチャレンジする人はいなくて、じゃあ僕がやってやろうと(笑)。もともと生物学も好きだったし、いろんなものに興味があったので抵抗はありませんでした」。

結果的に、分野を変えたことがイメージング質量分析の研究に大きく貢献した。

「素粒子物理学とは全然関係のない分野に行ったつもりだったのですが、イメージング質量分析の研究を進めていくと、逆にすごく関係のあることがわかりました。規模は違いますが、素粒子研究もイメージング質量分析も扱うのは荷電粒子で、共通するものが驚くほど多かったんです。それに装置をつくるエンジニアリングは、どちらも完璧に工学でした」。

がんに抗がん剤が届いているかいないかが見えた

イメージング質量分析の真価はどこにあるのか。新間准教授はこう語る。

「光学顕微鏡は構造はわかりますが、成分はわからない。例えば、そこにがんがあることはわかっても、がんの中に何が入っているのかはわかりません。しかし、私たちがつくった装置を使えば、顕微鏡を見た状態で、そのまま質量分析まで行って組成や分布を見ることができます。蛍光プローブなどのラベルをつける必要もありません。こんなことができる装置はこれまでありませんでした」。

最初にそのポテンシャルを知らしめたのは、医療の分野だった。国立がん研究センターにiMScopeが導入されることが決まった際、なんと新間准教授も装置と一緒に同センターで勤務することに。臨床の現場でイメージング質量分析が使えることを証明してみせた。

「新しい抗がん剤の候補を実際の患者さんに投与して有効性を試験する際、このイメージング質量分析が非常に強力な道具になるだろうと国立がん研究センターの先生は考えておられました。しかし、人から採取したがん組織の中で抗がん剤の分布を見ることができるのか、誰もが半信半疑の状態からのスタートでしたが、前処理法を工夫することで見えるようになりました」。

サンプルの作り方、前処理法と合わせて威力を発揮するiMScopeだけに、何を見るかによって手法の標準化も進めなければならない。「患者さんが提供してくれた貴重な検体を無駄にはできないという思い」があったから、がん細胞を見る手法が確立できた。

醗酵のプロセスを可視化することにチャレンジ

イメージング質量分析の対象は、生体分子、薬品だけでなく、薄くスライスできればサンプルは問わない。食品もできるし、植物ももちろん可能だ。

「私が所属している学科は、源流をたどれば醗酵学なんです。醗酵という現象も実はまだ解明されていないメカニズムが多く、麹をイメージング質量分析することで、醗酵のプロセスを可視化することにチャレンジしています。杜氏の経験と勘を科学で解明できるかもしれません」。

特に東南アジアは醗酵食品の宝庫であり、海外との共同研究も盛りあがりそうだ。

2015年には大阪大学大学院の中に島津製作所と「分析イノベーション共同研究講座」を開設。様々な業界・分野の企業や研究者とコラボレーションしながら、イメージング質量分析の可能性を切り拓いている。

「誰も見たことがないものを見るということは、世界の誰も知らないことを自分だけが知っているということ。こんなにワクワクすることはありませんよね。研究は楽しいものというのが私の信条。それが実践されています」。

新間 秀一 准教授 生命先端工学専攻

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