今日は、ポストゲノム科学の有望分野として注目されている「メタボロミクス」の技術を使って、ルアークコーヒーというコーヒー豆の本物と偽物を鑑定してもらいます。ルアークコーヒーというのは、実はインドネシア生息のジャコウネコが一度食べて消化されずに排泄した豆です。ジャコウネコはよく熟した美味しいコーヒーの実だけを好んで食べます。私は飲んだことがありますが、なんとも言いがたい香りと風味があり、とげとげしさがないのに深みがある、とても美味しいコーヒーです。

このルアークコーヒーはとても高価で、東京の一流ホテルでは一杯8,000円もします。だから偽物もたくさん出回っていて、生産者はとても迷惑しています。ここにローストして挽いたコーヒー豆のサンプルが数種類ありますが、見ただけでは全く見分けがつきませんね。我々の研究室ではインドネシアのコーヒーカカオ研究所の要請もあってルアークコーヒーの真贋を鑑定する技術をつくっています。メタボロミクスはすでに現実の社会で役立っているのです。

実際に使用するサンプルは微量なので、精密天秤量りを使って必要量5mgの焙煎コーヒー豆を量り取ります。本当に微量なので、慎重に調製してください。一つ一つの作業を慎重に確実に行わないと安定した測定結果が出ないので、せっかくの実験が無駄になってしまいます。こうした技術を身につけることも研究者、エンジニアには必要です。

次に、分析する成分をコーヒー豆から抽出してくる操作を行う必要があります。具体的な操作としては、量り取ったコーヒー豆に1mLの抽出溶媒を添加し、その中に小さなジルコニアボールを入れます。これは測定する物質の抽出効率を上げるためで、これを専用の装置で激しくかき混ぜることでコーヒー豆が破砕されて溶媒にコーヒー豆に含まれる物質が溶け出します。

この抽出液にさらに水を加え、遠心分離機にかけてマックススピードでぐるぐる回し、水相と有機溶媒相に分離します。遠心力がかかって上層に水に溶けやすいもの、下層に油に溶けやすいものに分かれます。ここで水と油が逆じゃないのと思った方はスルドイ!普通はそうなのですが、今回使っている有機溶媒はクロロホルムといって水より重いので逆転しているんです。今回分析するコーヒー豆の物質は水に溶けやすいものなので、このうち上層の水相を取り分けます。

遠心濃縮した溶液は、次に凍結乾燥機を使って凍結乾燥します。みなさんもフリーズドライのインスタント食品を利用したことがあると思いますが、あれと同じです。水分を取り除くので凍結乾燥したサンプルは粉状になります。実際の凍結乾燥には時間がかかるので、ここからは事前に用意した凍結乾燥後のサンプルを使ってもらいます。

サーモミキサーという装置を使って誘導体化処理をしてもらいます。計測したい物質は揮発する成分だけではないので、揮発しやすい成分をくっつけ一緒に揮発するようにするわけです。これを誘導体化と言います。次に行うガスクロマトグラフィー質量分析は、名前の通り、ガス化したものを測る装置だからです。誘導体化試薬と呼ばれる特殊な試薬と化学反応させ、分析したい物質を揮発しやすい物質へと変化させます。

誘導体化されたサンプルを専用のバイアル(入れ物)に入れ、ガスクロマトグラフィー質量分析装置装置(GC/MS)にセットします。メタボロミクスでは通常、含まれる物質の網羅性を優先するために、いかにして高解像度の分離分析系を構築するかが重要で、現状で最も優れた手法がガスクロマトグラフィー質量分析と考えられます。さあ、パソコンを操作して分析をスタートさせます。

GC/MSで分析が始まると、パソコンのモニター上に棒グラフのようなクロマトグラムが表示されます。クロマトグラム上の棒の一つ一つがそれぞれ別の物質を表しています。棒の高さによってその物質がどれくらいコーヒー豆に含有されているかがわかります。さらにこの計測結果を「多変量解析」と呼ばれる特殊な統計解析技術を用いて分析することによって、それぞれのコーヒーに含まれる成分量の特徴を抽出して可視化しています。

では、いよいよ最後の答合わせです。多変量解析の結果、本物のルアークコーヒーはサンプルDであったことがわかりました。簡単に言うと、この手法では、似たもの同士が図の上でほぼ同じところに表示されるので、事前に計測していた本物のルアークコーヒーと同じところに表示されているサンプルが本物ということになります。このように鑑別の難しい食品も、メタボロミクスという高度な解析技術を用いることで、はっきりと本物と偽物を見分けることができます。