山中伸弥さんがノーベル賞を受賞したiPS細胞(人工多能性幹細胞)はみんな知っていますね。いろいろな細胞に分化可能な幹細胞で、これをもとにしてつくった組織や臓器を移植する「再生医療」への期待が高まっています。人類の夢を叶える最先端の研究です。しかし、本格的な再生医療が実現するにはまだまた多くの時間を必要としていて、大阪大学工学部/工学研究科でも研究を進めています。今日の実験では、この再生医療の基礎となる細胞の接着や増殖の仕組みを理解してもらいたいと思います。

細胞をどうやって培養するか知っていますか。通常は培養皿という専用の容器を使います。皿に細胞を乗せると、細胞は皿の表面にくっついて増殖していきます。細胞がくっつくことを接着といいます。球状の細胞は接着すると敷石状になって安定し、足を伸ばすように変形して増殖を始めるのです。ただし、細胞はどんな素材にも接着するわけではありません。では、どんな素材に細胞が接着しやすいのかを身近な素材で調べてもらいます。それでは細胞培養室に入りまましょう。白衣を着てゴム手袋をはめ、手を消毒してください。

さて実験スタート。ここにマイクロウェルという小さなくぼみが並んだ器具があります。くぼみの1つ1つがシャーレと考えてください。ここに、いろいろな材料でつくった小さなお皿と培養液をセットしてもらいます。細胞は10マイクロメートルと髪の毛の10分の1ほどなのでお皿も小さいですね。材料は、まず①ガラス。そして②培養皿。培養皿はカップ麺の容器に使われるポリスチレンが材料で表面加工されています。さらに食品タッパーやビールケースに使われる③ポリプロピレン。CDに使われる④ポリカーボネイトです。

ではここで実際の細胞をご覧に入れましょう。今日の実験で使っている細胞はすべてマウスの細胞です。左が培養皿の上でしっかり接着している細胞で、右が酵素処理をして浮遊した上体の細胞の顕微鏡写真です。接着している方は、敷石状になった細胞がびっしりと並び、層状に増殖しているのがわかりますね。一方、接着していない細胞は球状のままです。

では次に、各材料に接着した細胞を数えてもらいます。培養には時間がかかるので、昨日セットして1日経過したものを使います。血球計という専用の顕微鏡を覗き、見えている範囲の中の細胞をカウント計でカチカチして数えてください。重複したり、飛ばしたりしないように慎重にね(笑)。

それぞれの素材で1日培養した細胞の様子を比較してみましょう。ガラスとポリスチレンを表面加工した培養皿にはたくさんの細胞が接着しています。それに比べるとポリプロピレンとポリカーボネイトは接着している細胞が少ないですね。ここでその理由を考えてもらいますが、そのヒントは、培養皿の表面加工にあります。どういう加工かというと「親水性」処理といって、材料表面の「濡れ性」をよくしています。蓮の葉は水をよくはじきますね。あれとは逆に濡れやすい状態にする加工です。

濡れ性をわかりやすく示す指標として「接触角」というパラメータがあります。液体を素材表面に落とすと表面張力で盛り上がった丸い玉になります。このときの液の接線と、素材表面のなす角度を「接触角」といいます。接触角が0°に近いほど"濡れ性が高い状態"、180°に近いほど"水をはじく状態"を示します。接触角は素材の構造によって固有の値を持っていて、90°より小さければ親水性表面、大きければ疎水性表面と分類されます。では、実際にそれぞれの素材の接触角を接触角測定装置で測ってみてください。

どうでしたか。それぞれの水滴の写真を並べて比べてみましょう。4つの素材それぞれで接触角、つまり濡れ性が異なることがわかりますね。ガラスは21.7°ですからかなりの親水性表面。培養皿は72.3°で少し親水性表面。ポリプロピレンは92.4°で少し疎水性表面、ポリカーボネートも117.7°で疎水性表面です。

では、先ほど数えてもらった細胞数と接触角をグラフにしてその関係を見ていきましょう。グラフの縦軸が接着した細胞数、横軸が接触角です。4つの素材を点で示すとこのようになります。するとガラスを除き、ここに実践で示したような1つの法則が見えてきます。実はこれまでの研究で、接触角72°付近がもっとも細胞接着に適していることがわかっているのです。ガラスは他のプラスチック系素材とは構造が異なり、ちょっと特殊なのですが、実験に使うには割れやすいという欠点があります。

ここでタネ明かし。実は細胞というのは細胞自体で接着できません。細胞膜にあるタンパク質と、素材表面の細胞接着タンパク質が相互作用して初めて接着できるのです。プロセスはこうです。まず培養液中のタンパク質がお皿の表面にくっついて、そこに細胞がくっついて接着しているのです。つまり、接着しやすいかどうかは細胞接着タンパク質が素材にくっつきやすいかどうかによるのです。この顕微鏡写真は、細胞接着タンパク質をあらかじめコーティングした表面に接着した細胞。細胞骨格がはっきり観察できて元気です。