ビジネスエンジニアリング専攻の「山本・中川・清野研究室」では、ナノ粒子材料や磁性材料の創製とそれらの物質構造解析を行っています。今日は私たちの研究テーマの一つ、磁性材料を使った新しいがん治療法「磁気ハイパーサーミア」の実験を通じて、その仕組みや可能性を知っていただこうと思います。「磁気ハイパーサーミア」とは、高周波磁界によって発熱する特殊な磁性粒子をがんの患部に注射し、体外から磁界をかけることでがん細胞のみを熱くして死滅させる新しい治療法です。

まず磁性粒子の作製です。ある温度になると磁石の性質が失われる特性を持った磁石の粒を作ります。磁石でなくなる温度をキュリー温度といいますが、ヒトの細胞は42℃以上で死んでしまうので、42℃より少し高いキュリー温度になるように材料を組成します。体に入れた磁石はキュリー温度になると血液で冷やされ、また磁石になるというサイクルを繰り返します。磁石の材料はストロンチウム、マンガン、ランタンで、イオン化して溶液に溶かします。均一でないとキュリー温度がずれるのでしっかり撹拌します。

溶けたらエチレングリコールでゲル化してマントルヒーターで450℃に加温し、さらに1250℃で焼成することで均一な組成の酸化物にします。これを砕いて粉末化したものをスラリー化(液体に粒子が混ざり込んだ懸濁体)し、人工いくらを作るのと同じ要領で注射器の先から硝酸ストロンチウムの溶液に滴下します。普通に落とすと直径2〜3mmの球状になるのですが、今回は500μm程の大きさにしたいので、注射器の先端を激しく振動させてスラリーを振り落とすように工夫しています。

球状になったら今度は1250℃で再度焼結し、ようやく磁性粒子の完成です。できあがったら、設計通りにできているかを確認するために成分を分析します。分析には高周波誘導結合プラズマ(ICP)発光分光分析装置を用います。

磁性粒子ができたら次に磁場を発生させる装置にセッティングします。「磁気ハイパーサーミア」には磁性粒子と磁場発生装置が必要なのですが、両方を同時に研究しているところはおそらく他にほとんどありません。磁性粒体だけでは実用化に向けた現実的な研究は難しいと考えて、磁場発生装置の開発も始めました。コイルで発生させた磁場を黒いフェライト製の筐体に閉じ込めておけるように設計されているのが特徴で、中央部に設けられた50mmの隙間空間に均一に強い磁場を発生させることができます。ここに磁性粒子を置きます。

この装置は第1段階の実験装置で、すでに研究室では隙間空間を100mmにサイズアップした装置も作製しています。100mmの空間があれば小動物を使った臨床実験が可能になります。磁場発生装置は、磁場が発生する部分だけでなく、電源と共振器がセットになって構成されています。ある周波数の時だけ強い電流が流れるようになっており、交流磁場が発生します。コイルの巻き方やフェライトの形、大きさなどは、最も電源の負荷が小さくて、最も磁性粒子を発熱させることができる条件をシミュレーションで求めました。

さて電源を入れて磁場を発生させましょう。磁性粒子が発熱している様子はサーモカメラで観察します。周波数が高いほど磁性粒子はよく発熱しますが、人体に無害なのは1メガヘルツくらいまでです。

カメラはパソコンとつながっており、色分析により温度分布がリアルタイムに観察・記録できるようになっています。

磁性粒子だけが赤く映っているのがわかりますか。装置その他は室温のままで変化はありません。磁性粒子が発熱するメカニズムは、磁気ヒステリシス損や磁気緩和エネルギーといった物理的な現象によるもので、磁性粒子がミクロンサイズかナノサイズかによっても発熱の仕組みが異なります。おおざっぱに言うと、粒子中にある磁化の軸が、交流磁場の磁場変化に対してスムーズに変化できず、軸の反転の遅れによるエネルギーが蓄積されて発熱します。

「磁気ハイパーサーミア」という新しいがんの治療法の仕組みがおよそ理解できたでしょうか。今日はミクロンサイズの磁性粒子でしたが、より小さくて医療に使える磁性ナノ粒子の研究が世界中で進められています。しかし、先ほども言ったように磁場発生装置と一体で研究している研究室はここだけといってもいいでしょう。材料の研究者だからといって、自分の専門である材料の研究だけしていたのでは現実的な答は見えてきません。両方からアプローチすることでいずれの研究も着実に進められるのです。