研究紹介

2021年取材

光波長変換技術を武器に量子コンピュータと小型殺菌消毒装置の社会実装を目指す

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電子情報工学科 量子情報エレクトロニクスコース 量子フォトニクス領域
片山 竜二 教授

これまで誰も利用できなかった色や性質の光で安全で快適な暮らしをサポート

阪大工学部では、人々の安全で快適な暮らしを支える様々な次世代技術の社会実装に向けた研究開発が各学科で進められている。電子情報工学科の片山竜二教授は、ICT技術やIoTの進化に伴うビッグデータ解析、人工知能(以下、AI)などの最先端技術を支える量子コンピュータ、人体に無害で感染症対策に有効な小型殺菌消毒用光源の開発に取り組んでいる。
量子コンピュータと殺菌消毒装置という、一見関係が無さそうなテーマに共通するキーワードは「これまで誰も利用できなかった色や性質の光」。これまでに、目に見える色の光の波長を変えて新たな光をつくり出す技術を開発してきた片山教授は、それをコア技術に据えて量子コンピュータと殺菌消毒装置の社会実装を進め、人々の安全で快適な暮らしをサポートしようとしている。

高品質半導体結晶をつくり微小デバイスに加工して欲しい波長の光をつくり出す

片山教授は主に半導体結晶を光源としてつくった光を、微小デバイスでその色(波長)を変換して「未踏波長光」をつくり出している。研究室内には世界トップレベルの品質の半導体結晶を作製・評価する実験装置が揃っており、学生たちは自分の手で世界にひとつしかない光源材料を作製することが可能だ。

有機金属気相成長装置、パルスレーザ堆積装置

パルススパッタ装置、電子線描画装置

さらに、発生させた光の波長を変換するためのナノメートルレベルの超小型デバイスをつくる微細加工技術も研究室に蓄積されている。最近では、GaNなど高品質結晶を用いた微小共振器を作製し光を強く閉じ込め、反射位相を精密調整することで、世界最小サイズの波長変換デバイスの動作実証にも成功している。
「当研究室では半導体結晶成長による光源材料開発と波長変換用微小デバイス開発、その両方に取り組んでいます。そこが我々の強みです。」

光で動く量子コンピュータの開発

最近耳にすることが多い「量子コンピュータ」。ICT技術やIoTの進化による高度情報化社会への潮流の中、ビッグデータ解析やAIなどの最先端技術を支える次世代の超高速計算機として注目されている。というのも、AIや機械学習のソフトウェアの研究は盛んだが、それらを動かすためのハードウェア開発が追いついていないのだ。仮に、現状の最速スパコンを搭載したとしても、自動車の完全自動運転の実現は不可能だと言われている。従来型コンピュータの性能向上の限界が見えてきた昨今、量子並列性による超高速演算が可能な量子コンピュータの実現に期待が寄せられている。
量子コンピュータにもいくつかの形式があり、極低温での超伝導技術を使った形式のものは既に大手IT企業が実機を作製済みだ。しかし極低温環境を維持しなければならないので小型化が難しく、一部屋ぐらいの大きさになり実用性は低い。これに対し、片山教授の開発している形式のものは常温で使用でき小型化も可能だという。

「我々は光を使って回路を構成することで、身近な生活環境でも使えるような小型かつ省エネ運転可能な量子コンピュータの開発を進めています。光が通る道筋にスイッチをつけてやるとすべての部品がワンチップ化でき、室温でもちゃんと動くはずです。このような形式の量子コンピュータ実現には量子干渉という効果を使うのですが、古典的な光ではだめで波長変換でつくった特別な性質の光が必要になります。私たちが持つ半導体の微細加工技術を上手く使うことで、量子コンピュータを集積できるはずだと考えています。光技術が得意な複数の企業さんとの共同研究を進めており、いくつかの部品はもう完成しています」

人体に無害な小型殺菌消毒装置の開発

一方、新型コロナウイルス感染症拡大の影響もあり、人体や病院設備などの光を使った殺菌消毒技術が注目されている。特に220〜230 nmの光は殺菌消毒効果が高く人体に照射しても皮膚深部を痛めず、かつオゾンを発生しないため、安価かつ小型な装置に対する社会的ニーズが高まっている。

人体への影響

今でも230 nm以下の波長の光は半導体製造・検査装置など工業用には使われているものの、何億円もする装置が必要であり身近で使えるような光ではない。一方で安価な水銀ランプ光(波長254 nm)の殺菌消毒では、人間の皮膚にあてると深部まで光が到達してしまいDNAの遺伝子情報が破壊されてしまう。皮膚を安全に直接殺菌消毒するには、波長220〜230 nmの光が必要なのだ。今までの手法の延長だけでは、波長230 nmの光はつくれないと言われている。短波長の光を出す光源材料は絶縁体に近く、光源材料を開発しようとしても電気を流すための構造を作ることができないことが原因だ。
そんな状況を打破すべく、片山教授は微小波長変換器により長い波長の光を短い波長の光に変換することで、220〜230 nmの波長の実現を狙った。その第一歩として、GaN結晶を光源材料に用いた微小波長変換デバイスで、波長856nmのレーザ光を波長428 nmの青紫色光に変換することに成功した。この成果は2021年5月に国際科学誌「Applied Physics Express」に公開された。また同年11月には、これを別の結晶材料に変更することで、既に234 nmの深紫外光の発生にも成功している。

GaN微小共振器型波長変換デバイス、微小共振器拡大SEM 写真

「波長220〜230 nmの光を使う殺菌消毒装置ができれば、すぐに導入したい病院は多いはずです。放電管でこの光を出す製品もあるのですが、高価で寿命も短い。我々は既に原理実証には成功しましたので、次は複数の企業さんと連携して、寿命が長く安価で日常で使える形のモノをつくる段階です。励起に用いるレーザ光源は長さ数ミリ、波長変換デバイスも1cm角には収まり、掌に乗る平たい発光デバイスになる予定です。これを複数並べてLED照明のようにしておけば照射したものを自動的に殺菌消毒できます。オンデマンドでピンポイントを殺菌消毒することも可能です。」
光源材料作製と波長変換というコア技術を駆使して、実用的な量子コンピュータと殺菌消毒装置の開発を進める片山教授。将来、新型コロナウイルスのような感染症が出てきても、マスクなしで快適に過ごしたり、リアルタイムでリッチなコンテンツのオンライン授業を受けられたり、これまで誰も利用できなかった新しい色や性質の光が安全で快適な暮らしの実現に大いに貢献してくれそうだ。

理論からものづくりまでできる研究環境

パソコンが店頭に出回り始めた時代の片山少年は、電気店の店頭でBASIC言語をパソコンに打ち込んで、色んなゲームができるという体験が衝撃的だったという。その後の興味はラジコン製作や電気工作に移り、大学では物事の基本原理を学ぶ工学部応用物理学科で学び、趣味では電気自動車づくりを楽しんだ。そして今も、量子コンピュータづくりを楽しんでいるようかのように見える片山教授にとっての研究モチベーションを訊いてみた。

「私は自分でモノを作って、ちゃんと動いたときに喜びを感じます。ですから研究方針としては、理論・設計を自分でやって、モノも自分で作って、実際にモノを動かす実証実験までワンセットと捉えています。それができる我々の分野は面白いですよ。うまくいけば、学会発表を見た企業さんから声がかかり、一緒に社会実装に近いところまでできる。これもやりがいがありますね。」

フォトルミネッセンス測定装置と研究室で作製したLEDデバイス

せっかく、理論から実験装置でのものづくりまでできる環境にある研究室に入るのなら、博士後期課程まで進んだ方が楽しいと片山教授は考える。
「新しい萌芽的なテーマに挑戦した場合、博士前期課程(修士課程)までだと、モノの形がギリギリつくれるぐらいで修了。博士後期課程の3年間があれば、それらが実際に動くのを愉しみ、更に現実的なデバイスをつくることができます。それから工学部の研究室に入る前は、スタイルをかっちり決めすぎない方がいいですね。さあ学問やるぞというよりは、なんとなくモノをつくってみたいなって感じの方がいいような研究環境です。」

受験勉強に無駄な勉強はありません

最後は、一生懸命頑張っている受験生に対する片山先生のエール。
「受験生の皆さんが想像しているよりも、桁違いに楽しいことが大学にはあります。特に専門課程に入ると、本当に楽しく手を動かすことが待っていますので、ぜひ今から基礎力を磨いて大学生活を楽しみにしておいてください。受験勉強に無駄な勉強はありません。短距離を走れる足腰のバネ(基礎力)を作っておいて、大学入学後はその基礎力をいかして自分の好きな専門分野の長距離を走るイメージです。
ちなみに私は数年前からランニングを続けていて、来シーズン(ランニングのレースは秋〜春がシーズン)にはフルマラソンに出走し、サブフォー(4時間ぎり)を達成する予定です!」

片山 竜二 教授

電子情報工学科(量子情報エレクトロニクスコース)

電子情報工学科(量子情報エレクトロニクスコース)

量子フォトニクス領域(片山研究室)