研究紹介

2022年取材

エネルギー需要シミュレーションとリアルデータを駆使し、低炭素な都市のカタチを提言

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環境・エネルギー工学科 環境工学科目 都市エネルギーシステム領域 
下田 吉之 教授

低炭素社会の実現に向けた世界や日本の目標

CO2などの温室効果ガスの排出により、産業革命以降世界の平均気温は既に約1℃上昇し、巨大台風の発生など実際に気候災害が世界中で発生している。このような状況のもと、地球温暖化防止に向けた世界的な温室効果ガス排出削減への動きが加速してきた。2015年にはCOP21※1で「気温上昇を産業革命前に比べ2℃より十分低く保ち、1.5℃に抑える努力を追求する」というパリ協定が採択された。これを受けて、我が国でも2030年には温室効果ガス排出量を2013年比で46%削減、2050年に完全なカーボンニュートラル※2を実現することを目標に定めている。非常に高いハードルに見えるこれらの目標を我が国が達成していくためには、再生可能エネルギーの普及といった供給側の取り組みだけでなく、エネルギーを使う「需要側」での取り組みも不可欠だ。20年以上前からこのエネルギー需要に目を向けて、低炭素な暮らしや都市づくりの研究を進めているのが環境・エネルギー工学科の下田吉之教授だ。

民生部門におけるエネルギー需要の削減が必要

日本が排出する温室効果ガスの約90%を占めるCO2の排出量の変遷を見てみると、産業部門を起源とする排出量はほぼ一定か低下傾向が見られるのに対し、家庭や業務(ビル、学校、病院など)といった民生部門ではそれほど大きな低下傾向が見られない。今や民生部門でのエネルギー消費に伴うCO2の排出量は産業部門にほぼ匹敵しており、日本全体でのCO2削減を考えるうえで、民生部門でのエネルギー需要の削減は避けて通れない課題といえる。

日本における部門別CO2排出量の推移

「日本は、温室効果ガス排出量削減目標を、電力供給側で太陽光発電などの再生可能エネルギーを増やしていくことだけで達成できると思っている方が多いのですが、実はそれだけでは無理。運輸・産業部門での省エネはもちろんですが、民生部門でのエネルギー需要を削減するための、建物や機器の高効率化、地域冷暖房※3、マイクログリッド※4、スマートグリッド※5などの取り組みが求められます。私は、これらの民生部門でのエネルギー需要削減につながる取り組みをシミュレーションによって評価することで、将来いろいろな対策を実施したときの効果を定量的に予測する研究を進めてきました。」

日本全国の家庭のエネルギー需要を予測する「TREES」

下田教授の行っているエネルギー需要のシミュレーションには「ボトムアップモデル」という技術が必要だ。
例えば省エネエアコンの導入効果をシミュレーションするためには、部屋の広さ毎にエアコンのモデルをつくり、更に部屋の熱性能と気象条件から導かれる熱負荷予測の物理モデル、居住者がいつ、どのようにエアコンを使用するかについての人間行動モデルを組み合わせることによって1軒の家のエネルギー消費を求め、機器性能が向上した場合や、設定温度を変更するなどの居住者の行動変容による定量的な省エネ効果を予測することができる。
ただし、家庭を対象とする場合、エネルギー需要は家の断熱性能、どのような照明機器・空調機・給湯器・太陽電池・T Vを保有しているか、どのような家族から構成される世帯であるかなど、世帯によって条件が大きくばらつき、そのモデル化は非常に複雑だ。そのため従来国全体の家庭におけるエネルギー需要の予測では、5,300万全世帯を平均的な構成の1種類の家庭、すなわち一つの大きな森と捉えたモデルを使用していた。このモデルでは上記のような世帯特性のばらつきを考慮した対策の正しい効果をシミュレーションすることはできない。これに対して下田教授は家庭1軒1軒のモデルを世帯の特性を保持しながら積み上げて、日本の全世帯を「森」ではなく「木」の集まりとして捉えたシミュレーションを行なっている。一体どのような方法で全世帯シミュレーションが可能なのだろうか?

「まず国勢調査などの統計情報から、世帯の構成、家の仕様(広さや断熱性能)、保有している電化機器や給湯器などの種類と数量などを定めた代表世帯のモデルを、地域内のばらつきが正しく表現できるよう一定数作成し、それら一つ一つの世帯について家1軒全体のモデルをつくります。そのモデルを使用して、年間のエネルギー消費量を算出し、その結果を地域で積み上げて地域のエネルギー消費や省エネ対策の効果を予測します。
日本全国の家庭のエネルギー需要や省エネ効果をシミュレーションするには、まずは日本の全5,300万世帯から都道府県別に0.03%だけを代表世帯として抽出する。その1軒1軒に統計情報から引き出した、家族数、断熱性能、各種機器などのデータを入力し、積み上げていくことで日本全体の家庭でのエネルギー需要シミュレーションが可能になります。我々の研究室ではこのモデルを『TREES』と呼んでいます。読んで字の如く、全世帯を「森」ではなく「木」の集まりとして捉えたモデルで、これまで十数年かけてつくり上げてきました。
『TREES』は多様なモデルの積み上げによるものであり、例えばTVを昼間1時間消したら、日本全国でどれだけエネルギー需要が減るかといったような省エネ行動の効果についても定量的に予測することができます。」

TREES (Total Residential End-use Energy Simulation) model

これらのシミュレーションは主に下田研究室内のサーバで行われ、必要に応じて阪大内のサイバーメディアセンターのスパコンを使用することもある。普段の学生たちは整然とした研究室の自分のデスクからリラックスした様子でシミュレーションを走らせ、学生同士の会話も多そうだ。

研究室での学生たち

社会実装の現場に立ち会いモデルを進化させていく

モデルを使ったシミュレーションによる研究にはリアリティが必要だ。常に実社会の現場で得たデータとモデルからの予測を突き合わせて評価を続けていくことで、モデルは日々進化していく。
そのため下田教授も、以下のような実社会での取り組みへの参画を通じて、モデルやシミュレーションの評価・改良を続けてきた。

①大阪駅近くの大規模複合施設
 ・店舗形態ごとのエネルギー消費データの分析と省エネ提案
②阪大キャンパスの省エネ
 ・キャンパス全体のモデル化
 ・阪大病院の熱源改修施策提案
 ★この大阪大学の取り組みは、一般財団法人省エネルギーセンター(後援:経済産業省)平成27年度省エネ大賞 「資源エネルギー庁長官賞」を受賞

省エネ大賞表彰式で表彰状を受け取る下田教授

③阪急千里線沿線の住宅地開発
 ・住宅100軒分の詳細なエネルギー消費と実際の人の行動のデータによる『TREES』モデルの評価/改良
④2025大阪・関西万博
 ・万博会場のエネルギー需要の推計

このように実社会に近いエネルギー需要の現場で建物のエネルギー消費の分析や改善のための提案が行われており、国の政策担当者と温室効果ガス削減に関して議論する場面も多い。そのため下田研究室の学生はシミュレーションだけでなく現場体験が豊富なので、現場の話ができることが強みだという。

エネルギー需要削減の鍵を握るデジタル化

2050年にカーボンニュートラルという日本の目標を達成するための現実的なシナリオは、Low Energy Demandシナリオつまり徹底的な省エネだといわれている。現在の日本の再生可能エネルギー(太陽光発電など)比率は20%だが、この発電量を倍にして一方のエネルギー需要を半分にすれば、再生可能エネルギー比率は80%に達するのだ。日本全体で誰もがついてくることができる取り組みでエネルギー需要を減らすことが大事だが、どんな方法があるのだろうか?

「エネルギー需要削減の鍵はデジタル化です。例えばスマホが普及するまで、我々は電話、FAX、パソコン、目覚まし時計、カメラなどを持って、それらが一つひとつエネルギーを使っていたのが、今ではスマホ1台ですみます。そういう変化によって快適性を高めつつ省エネが進みますから、デジタル化は是非達成しないといけない。エネルギー需要削減による脱炭素社会の実現に向けて、我々の研究室でもデジタル化が進んだときの大幅なエネルギー需要の転換を定量的に評価する研究を進めようとしています。人の動きやデジタル機器のモデル化を進め、社会をデジタル化したときにどのような効果が出るのかを予測できれば、デジタル化の流れも加速するはずです。」

パリ協定により世界中が脱炭素社会へ舵を切ったことで、2050年までにガソリン車が電気自動車に変わるような大きな変化がさまざまな分野で起こり、新しい技術へのニーズはますます大きくなるはずだ。若い世代はこの危機的な状況を前向きに捉え、地球温暖化防止に貢献できる大きなチャンスを生かしていく必要がある。

アジアの都市のエネルギー需要モデル開発へ

「私の研究対象である民生部門は家とビルが対象で、今後電気自動車の充電が加わりますが、これは要するに都市なのです。都市をいかに脱炭素に適したカタチにしていくかを考えるには、採用する一つひとつの技術をモデル化して積み上げていくことが大事。これが成功するかしないかが、日本だけじゃなくて世界全体に影響してくる。特にこれから人口が増えてくる地域は暑い国が多いので、環境先進地域と言われているヨーロッパでつくられたモデルは使えないのです。アジアの都市のモデルをつくる研究で、若い人が世界に貢献できる活躍の場は必ずあるはずです。我々の研究室にも、パキスタンからの留学生がいて都市のモデルの研究を行っています。今度、インドネシアや中国からも留学生がやってきます。彼らと一緒にアジアの都市のモデル化に取り組むことが楽しみです。」

※1 COP21 : 国連気候変動枠組条約第21回締約国会議
※2 カーボンニュートラル : 温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡させ、排出を全体としてゼロにすること
※3 地域冷暖房 : 地域内の多数の建物へ導管により冷暖房・給湯用の冷水・温水や蒸気供給を行うシステム
※4 マイクログリッド : 限られたコミュニティの中で、分散型の発電装置で発電し蓄電池などで電⼒需給をコントロールすることで、災害時などには当該コミュニティ内の電⼒自給を達成するシステム
※5 スマートグリッド : IT技術を活用しエネルギー需要をリアルタイムで把握・制御し、太陽光発電など変動性再生可能エネルギーが普及しても電気を効率良く安定的に供給するシステム

下田 吉之 教授

環境・エネルギー工学科(環境工学科目)

環境・エネルギー工学科(環境工学科目)

都市エネルギーシステム領域(下田研究室)