研究紹介

2022年取材

安全で安心な暮らしを支えるコンクリート建築の耐震性能を追求する

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地球総合工学科 建築工学科目 コンクリート系構造学領域  
眞田 靖士 教授

耐震研究は地震国ならではの研究分野

地震国である日本では、これまで発生した大地震により、地域社会では多くの人的被害が発生し、産業界は莫大な経済的損失を被ってきた。それ以外にも、住居内の壁の損壊などの影響で居住できなくなり、それ以前の快適な暮らしや不動産としての財産価値を失った人達も多い。

世界の地震の震源分布(1977〜2012年)
出典:全国地震動予測地図2020年版(地震調査研究推進本部)

このような被害を最小限にとどめるために、日本の大学では、多くの研究者が建物や構造物の耐震性能の向上を目指して研究を進めている。地球総合工学科建築工学科目の眞田靖士教授は、鉄筋コンクリート構造(以下、RC(Reinforced Concrete))の耐震研究分野を中心として、国内外を舞台に活躍している研究者だ。コンクリートの中に鉄筋の入ったRCは居住性に優れ、デザインの自由度も高いことから、多くの集合住宅や学校などで採用されている。阪大工学部のある吹田キャンパスの講義棟や研究棟の多くにもRCが採用されている。

研究目的① 地震に対する建築物の安全性の向上による安全・安心な社会の実現

日本で建物を設計する際は、建築基準法の耐震基準に準拠する必要があるが、度重なる大規模な震災からの教訓を経て耐震基準は度々の改正を重ねてきた。そのうち1981年の改正後の基準は「新耐震基準」と呼ばれており、「中規模の地震(震度5強程度)に対しては、ほとんど損傷を生じず、極めて稀にしか発生しない大規模の地震(震度6強から震度7程度)に対しては、人命に危害を及ぼすような倒壊等の被害を生じない」※1ことを目安としたものだ。一般に建物の寿命とされている50〜100年の間で遭遇するかもしれない大地震に対して、建物の損傷は許容するが人命に関わるような倒壊を回避することが狙いだ。そして、1995年に発生した阪神・淡路大震災では、「新耐震基準」前後の建物で被害状況に明確な違いがみられた。「新耐震基準」によって建てられたRCの建物は、一部のバランスの悪い建物を除いて倒壊しなかったのだ。阪神・淡路大震災を機に、国主導で耐震診断・耐震補強が進められ、阪大の建物の多くも耐震補強が行われた。

阪大キャンパスでの耐震補強例

「耐震構造の研究をテーマとする我々の研究室では、地震被害が発生したとき現地調査を行うとともに、そこからわかる課題を克服するために実験や理論計算,数値シミュレーションに基づく研究を進めています。日本には、建物を設計するときの基準となる計算方法が3つほどあるのですが、研究で得た知見をその計算方法に反映し、常に最新のものにアップデートするように心掛けています。

東日本大震災による被災建物で見られた非構造部材の被害

建物の地震被害については現場で気付かされることも多く、東日本大震災後の調査(上写真)では、柱や梁といった構造部材※2は地震に耐えられていたのに、構造部材ではない壁が壊れたことがわかりました。これでは快適には住めませんし不動産価値も下がってしまいます。このように、安全面だけでなく、今後は安心に繋がる技術も必要だということに気づき、安心を実現するための研究も進めています。」

建築物の設計という行為は国の安全基準に従って進められる。
眞田教授が行っている災害現場での調査による知見や、実験や計算に基づく研究成果は、いずれ国の新しい安全基準に落とし込まれていく。研究と社会実装が並行して進んでいく研究分野なのだ。
「災害現場での調査から、実際に建設される建物への提言まで、幅広いフィールドで研究を行っているのが我々の強みです。実際の被害から得られる教訓をきっかけに、実験や計算で得られた知見を総合して設計や評価のための数式などを進化させ、実務の現場で使えるようにしていく。正確さだけでなく、使いやすさも求められる世界です。これらの活動を通して得られる最新の研究成果を世の中に発信し、将来の方向性を提言するまでが我々の主な役割。それをルール化する国土交通省や学会の役割も支援しています。」

研究目的② 時代のニーズに応じた新工法の開発 ―木とコンクリートの融合―

最近日本では、積極的に木を建築要素として活用していこうという研究も進んでいる。木はコンクリートとは特性が異なるが、耐震性能が期待される材料だ。眞田教授もコンクリートの構造部材に木を耐震要素として組み合わせて使用する研究に参画している。

木とコンクリートが融合した設計と木の部材の評価実験

「木は見た目も美しいので、耐震部材として普及させたいと思っています。我々の研究室の実験装置で、サイズダウンした木の部材を使って耐震部材としての性能を評価しました(上写真)。間伐材を原料とした木質集成材料です。2021年度に実験が終わったばかりなのですが、もう耐震部材として2022年10月に集合住宅で社会実装されました(下写真)。我々は新しい構造部材の学術的な知見を得て、企業側は新商品という成果を迅速に得ることができた事例です。」

RC集合住宅の新築で使われる木の構造部材

研究目的③ 世界に誇る耐震技術による国際貢献

耐震研究先進国である日本の研究者として眞田教授は多くの留学生を受け入れ、活動フィールドは海外にも広がっている。
その一つがJST(科学技術振興機構)やJICA(国際協力機構)と進めてきた共同プロジェクトで、バングラデシュの学生や技術者に、日本の先端耐震技術を伝えるための取り組みだ。

バングラデシュと日本を結んでの遠隔実験

本来は日本側のメンバーが現地に飛んで、実験方法などを指導するプロジェクトだったのだが、コロナ禍の中ではなかなか難しい局面が多かったようだ。バングラデシュのダッカにある実験室と日本をオンラインで結んで、阪大の研究室から眞田教授たちが遠隔で実験機材を操作することで実験技術を伝えた。こんな新しい手法も色々と試みられている。

眞田教授は海外で地震災害があれば、現地での被害調査にも参加する。下の写真はインドネシア・スマトラ島西部地震の後に行った、ホテルでの調査の様子だ。外壁の損傷に加えて、室内のレンガ壁(構造部材でない壁)がひどい状態に壊れている。外国ではこういう構造が多いので、地震や余震の際は細心の注意が必要だ。

インドネシア・スマトラ島西部地震で被害を受けたホテル

「インドネシアでのレンガ壁の被害調査の後には、レンガの壁の模型を使った実験も行いました。小さな揺れでもレンガ壁模型は壊れてしまいますが、ちょっとだけ積み方を工夫してあげると壊れにくくなることを証明することができました。空隙がないように充填材を詰めてきっちり積んだものは倒れにくくなるんですよ。そんなにお金をかけなくても耐震性能を上げられることがわかったのだから、これからはちゃんと積もうよ!ということです。」

積み方が異なるレンガ壁の振動実験

全員が協力する実験で耐震研究の最先端を拓いていく

眞田研究室は、使用する耐震性能の実験装置が大きいため、研究室のメンバーみんなが協力して研究に取り組む点が特徴だ。日本の学生も留学生も、実験を見つめる眼差しは真剣そのものだ。

眞田研究室での実験の様子

「安心な暮らし」の実現に貢献していきたい

最後に眞田教授に自身の研究に対する思いを語ってもらった。 
「私は日本や世界に暮らす人々の安全や安心につながる研究を行っているところに、やりがいと醍醐味を感じます。これまでの日本では耐震技術の発展とともに安全性に関しては改善が見られますが、必ずしも暮らしている人の安心を実現しているとはいえません。技術の発展とともに価値観は変化し、ニーズも高度化しています。安心な暮らしの実現が、現在、そして近い未来に求められており、その実現に貢献できるような研究に取り組んでいきたいと思っています。
もう一度冒頭の世界地図をご覧ください。日本が世界有数の地震国であることがわかります。耐震工学は地震国に特有の学問として発展してきました。
受験生の皆さん、世界に誇る日本の耐震工学を阪大工学部に学びにきてください。」

※1「平成19年版防災白書4-1震災対策(3)地震に強い国土の形成」より引用
※2 構造部材: 長期荷重(常にかかっている力)および短期荷重(地震などの際に加わる力)を支える部材

眞田 靖士 教授

地球総合工学科(建築工学科目)

地球総合工学科(建築工学科目)

コンクリート系構造学領域(眞田研究室)