研究紹介

2023年取材

超高解像度・超高速気象レーダシステムによりゲリラ豪雨の早期観測や雲・雨・雪・雹の可視化に挑む

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電子情報工学科 電気電子工学科目電気工学コース センシングシステム領域
牛尾 知雄 教授

速く正確に積乱雲を観測できる気象レーダの開発へ

近年、日本では局地的大雨(以下、ゲリラ豪雨)や線状降水帯による集中豪雨による被害が増加傾向にあり、大きな社会問題となってきた。このような豪雨災害の被害低減にはリアルタイムでの情報提供が有効だが、従来の気象レーダでは雨雲の立体観測に5分もかかり、局所的に短時間で発達する積乱雲によるゲリラ豪雨の観測は困難で、より速く正確に積乱雲の3次元構造を観測できるレーダが必要となっていた。そんな時期に、学生と共に手作りで高速高解像度レーダを完成させた研究者が大阪大学にいた。工学部電子情報工学科の牛尾知雄教授(当時助手)だ。その後、牛尾教授は情報通信研究機構 (NICT)および株式会社東芝と共同で世界初の気象用のフェーズドアレイレーダを開発し、現在、さらに高性能な気象用レーダの開発を進めている。

レーダ研究のきっかけはNASAでの気づき

牛尾教授がレーダ研究を始めたきっかけは、博士号取得後に勤務していたアメリカ航空宇宙局(NASA)時代に遡る。彼は人工衛星から地球環境をモニターする地球環境計測関連の部署に所属し、雷放電現象を研究していた。レーダによる観測データにより、積乱雲と雷放電の対応関係を理解しようと試みたが、レーダでの観測により雷放電の一瞬一瞬のデータはとれるのだが、積乱雲の描像が5分おきにしかとれなくて、どうしてもズレが生じてしまう。その結果、両者の正確な対応関係を明らかにすることができなかったのだ。
「この研究で、積乱雲と雷放電の正確な対応関係を理解するには、非常に高速度でスキャンできるレーダが必要だと感じました。しかし、世界のどこを探してもそんなレーダはなかったのです。そういうことなら、高速スキャンと高速操作が可能なレーダを自分で開発しようと決めました。これがレーダ開発に取り組み始めたきっかけです」

冒険的な技術が詰め込まれた手作りレーダ

その後、日本に帰国した牛尾教授は高速レーダを研究テーマに掲げて予算申請から始めたが、レーダ製作には何億円もかかるのが普通で、駆け出しの研究者にいきなりそんな予算がつくわけもなかった。それでも新しいレーダをつくりあげたい・・・なんと牛尾教授は学生と手作りでレーダを作り始めたのだ。まずは衛星放送受信用のBSアンテナを2万円ぐらいで買ってきて、余計な付属部品を全部取り外す。次にアンプなどの必要な部品をアンテナにひとつずつ取り付けていった。その中には高速A/D変換装置をはじめ、当時としては冒険的な技術がたくさん詰め込まれていた。そして完成したレーダが下の写真だ。

「非常に極端なスペックのレーダができました。実際にこのレーダで観測してみると、他のどんなレーダよりも高速で分解能が高く、雨の落下する様子まで鮮明に見えたのです。その観測結果を学会で発表すると、さまざまな反響がありました。その多くは「ここまでのスペック必要ない」という否定的なものでしたが、一部の研究者からは「すごく面白いからもっと頑張れ!」と激励の言葉もいただくことができました」

通常レーダというのは非常に高い周波数を中心として、1MHz程度の帯域幅で観測するが、牛尾教授は100MHzの帯域幅を確保した。つまり100MHz幅のスキャンデータ1回分を1MHzに分解することでスキャン回数を減らし、高速観測を実現したのだ。この研究成果は、当時社会問題化していたゲリラ豪雨の観測に使える高速高分解能の気象レーダを探していた総務省の目にとまり、新たなフェーズドアレイ気象レーダ開発プロジェクトが走り出した。

産学連携でフェーズドアレイ気象レーダを開発

このプロジェクトで牛尾教授は、情報通信分野を専門とする我が国唯一の公的研究機関であるNICT、レーダメーカーである株式会社東芝と連携し、新レーダの共同開発を進めていった。新たなレーダの最大の特徴はアンテナの数で、導波管スロットアンテナという細長いアンテナを縦に128本配列し一つのアンテナとして機能させる設計を採用した。もともと速い物体の有無を観測するために開発された形式で、航空機用レーダに採用されていたものだ。これを物体の有無だけでなく、その大きさまで観測する気象用に使うためには、より複雑なデータ処理やノイズ対応が必要であり、これが完成に向けた大きな課題となった。
「自由度が高い設計だったので、細かいスペックを決めていくのは大変でした。例えば、アンテナの間隔、必要なAD変換装置の数、降水量の推定精度は±何mm/hか、などを全部シミュレーションで明らかにしていかないと設計を決定できない。製作工程でも128本のアンテナ全部に変換装置をつけて、電磁波波長の1/2λ以内の間隔で配列しなければいけなかったことが、非常にキツかったです。そんなこともあり、プロジェクトスタートからフェーズドアレイ気象レーダの完成まで、5年もかかりました」

阪大工学部電子情報工学科の校舎屋上に設置されたフェーズドアレイ気象レーダ

ドーム内部のフェーズドアレイ気象レーダ本体

雨雲の三次元構造観測時間を5分から最速10秒に短縮!

阪大工学部電子情報工学科の校舎屋上に完成したフェーズドアレイ気象レーダは2012年から試験観測を開始し、その圧倒的な高速観測能力が明らかになってきた。従来の気象レーダが5分かけて観測していた雨雲の三次元構造を、フェーズドアレイ気象レーダは最速10秒(定常運用では30秒)という高い時間分解能で観測できた。この速さの理由の一つは送信ビームの幅の広さだ。従来型レーダの送信ビーム幅が1度前後であることに対し、フェーズドアレイレーダの幅は10度もあり受信ビームのデータを分解して処理することで、ゲリラ豪雨のような短時間で発生する気象現象も観測できる高速観測が実現した。

従来型レーダと開発したフェーズドアレイ気象レーダの観測イメージの比較

以後、フェーズドアレイ気象レーダによる計測制度向上の研究が続けられ、これまで近畿地方で発生した線状降水帯やゲリラ豪雨・雷雲の様子を3次元かつ高速で観測することに成功してきた。特にゲリラ豪雨の高精度予測に関する知見は、ここ10年でかなり積み上がってきており、これらの研究成果を一般の方にも容易に見ることができる形で公開しようという議論もなされ始めた。
「確かに可視化したデータを一般の方にリアルタイムで配信することはとても意義のある取り組みだと思っていたのですが、これは研究ではないので研究予算を使えません。そこで、クラウドファンディングという手法でさまざまな方からご支援をいただいて、リアルタイムで可視化した観測結果(半径60km)を配信するwebサイト「雨雲どこナビ」を開発し、2022年7月にリリースすることができました」

雨雲どこナビで公開された帯状雷雲の観測事例

次世代フェーズドアレイ気象レーダへのバージョンアップ

2012年から運用してきた従来型のフェーズドアレイレーダは、その高速スキャン性能に更に正確性と粒子識別機能を付加するため、2022年末から次世代型へのバージョンアップ作業に入っている。次世代フェーズドアレイ気象レーダは電磁波の横と縦の振動面両方を観測するタイプ(従来型は一方のみ)で、縦と横の応答差により、対象物の大きさと形の両方を正確に知ることができるという。雨粒の大きさを知ることで降水量推定の正確性が向上し、形を知ることで雲・雨・雪・雹(ひょう)の粒子識別が可能になるのだ。特に雹の場合、気象災害と関係してくるので、被害軽減対策への活用が期待される。
「次世代フェーズドアレイ気象レーダは2023年10月時点(取材時)で最終調整の段階に入っており、調整完了後は速やかに観測を始める予定です。そして、今後はフェーズドアレイレーダを広い範囲に複数台設置してネットワーク化を進めたいと考えています。できるだけ観測網を広く展開して待ち構えて、ゲリラ豪雨や線状降水帯を正確に予測できる確率を高めて、被害低減に貢献したいと考えています」

自由な発想で始めたことが世の中に広がっていく体験を!

フェーズドアレイ気象レーダに関する研究は社会課題や目的が明確で、校舎屋上に設置されたレーダをキャンパス内で目にすることもできるため、目的意識を持って配属されてくる学生が多いという。そんな学生に「甘すぎる」と自らを評する牛尾教授に、研究や教育への思いをきいてみた。
「学生にはかなり自由にさせていますけど、これにはちゃんと理由があるのです(笑)。誤解を恐れずに言いますと、研究室に配属されてきたときは学生それぞれに実にさまざまな個性があるのに、就職すると驚くほどみんな快活にハキハキと喋る画一的な会社人間になるのです。下手をしたら半年でそうなってしまう。もちろんそれが悪いことだとは思わないのですが・・。だからこそ学生の皆さんには、大学にいるときぐらいは自由に学問してみないか、研究してみないかと思っていて、学生が研究を楽しめる場を提供したいのです。ただし、研究を楽しむためには自発的なマインドが必要ですので、あまり「君の研究テーマはこれだ」とか決め込みたくはありません。もちろん4年生の段階では「君はこのテーマで行こう」みたいな感じですが、大学院に進んでからはテーマ設定も、実験も、結果考察も、できるだけ自分でしてもらうように努めています。そして、その研究結果をこれまで何千年も蓄積されてきた人間の知識体系のどこかに自分で位置づけて、論文という形で発表して欲しい。それが人類の財産となり研究の証になります。自分の発想で始めたことに光が当たり、それが世の中に広がっていく体験は面白いはずです。これから大学入試に挑む若い人たちには、ぜひ阪大工学部でそんな体験をして欲しいと思います」

※フェーズドアレイレーダ:多数のアンテナ素子を配列し、各素子の送受信電波の位相を制御することで、瞬間的にビーム方向を変えることができるレーダ。航空機などの飛翔体検出に用いられることが多い。

牛尾 知雄 教授

電子情報工学科(電気電子工学科目)

電子情報工学科(電気電子工学科目)

センシングシステム領域(牛尾研究室)