研究紹介

2023年取材

計測×データ解析(AI)×ロボットで「無人ラボ」を実現する!

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応用自然科学科 応用物理学科目 先端物性工学領域
小野 寛太 教授
(高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所特別教授)

研究の自動化で、科学の世界に変革を起こす

人のいない研究室でロボットがもくもくと実験を行い、そのデータが自動で解析されていく。そんな「無人ラボ」の実現を目指しているのが、応用物理学科目の小野寛太教授だ。実は、どんな最先端の研究にも手作業はつきものであり、また少なからぬ部分を人間の経験や勘に依存している。この研究のいわば「人間くさい」ところをAIやロボットを用いて自動化することができれば、実験の正確性が高まり、実用化の加速も期待できる。人間が単純作業から解放されることで、アイデアの創出や他領域の専門家とのコミュニケーションなどに多くの時間が使えるようになれば、新たな発見を導くことも可能になるかもしれない。小野研究室では、この無人ラボの実現に「計測×データ解析(AI)×ロボット」の合わせ技で挑もうとしている。

今まで見えなかったものを見てみたい

ロボットとAIを活用した「無人ラボ」の実現を目指す小野教授だが、もともとはロボットの研究者でも情報科学の専門家でもなかった。研究者になった頃の小野教授は、「今まで見えなかったものを見てみたい」という素朴な思いを出発点に、放射光(X線)を用いたナノ計測の研究に取り組んでいた。
当時は、ちょうど電気自動車やハイブリッド自動車に使用されるレアメタルが高騰し、その代替材料の開発が活発だった時期だ。元素を識別しながらさまざまな試料の分析を行う必要が生じ、小野教授はナノスケールの世界を精密に観察することのできる、X線顕微鏡の開発に力を注いだ。このときに小野教授らが開発に成功したX線顕微鏡は、小惑星探査機「はやぶさ2」が小惑星リュウグウで採取したサンプルの分析にも用いられている。

これまでに開発したX線顕微鏡

しかし、成功後すぐに小野教授は新たな研究テーマに出合うことになる。きっかけは共同研究を行っていた自動車メーカーの研究員の一言だった。「顕微鏡の性能は素晴らしいですが、計測したデータを全部、活用できていますか?」。
例えば、X線顕微鏡で100×100画素で測定すれば、1万点の試料位置をスキャンすることになる。10分ごとに撮影すれば、10分ごとにその1万点分のデータが送られてくるわけで、得られる情報は膨大だ。当時はそれを、研究者の勘で間引いて解析するという、合理的とはいえない方法がとられていた。「それまでは顕微鏡の性能を上げることばかりを考えて研究に没頭していました。しかし、計測したデータをきちんと解析できるところまでをセットで行えなければ十分ではないということに気付いたんです」。

「本当に良い実験って何だろう?」と考えるようになった小野教授は、大きな研究テーマに「実験の最適化」を据えるようになる。それまで多くの研究者にとって、研究に手間と時間がかかるというのは当然の前提であったゆえに、実験を効率化したり合理化したりする「実験の最適化」は、あまり手がつけられていない分野だった。小野教授は膨大なデータの解析に没頭し、AIを活用した解析の自動化の研究に取り組んだ。

計測とデータ解析に、ロボットを掛け合わせる

「計測」と「データ解析」を突き詰めた小野教授が、次に出合った研究対象が「ロボット」だった。コロナ禍が始まった2020年頃から、イギリスやアメリカ、カナダなどで、実験をロボットが代替する「ラボラトリーオートメーション」の研究が急激に進展したのだ。計測とデータ解析にロボットを掛け合わせれば、他の誰もやっていない強みになると直感した。
そんな時期に高専時代にロボコン部の部長をしていた学生が研究室に入ってきたことも大きかった。ちょうどデータ解析の共同研究を行っていた企業にロボット研究部門があったことから、インターンシップとしてその学生を派遣。すると、半年ほどで化学実験のための全自動粉砕・混合ロボットを完成させて帰ってきた。ロボット研究というのは好きな学生にはたまらなく楽しいもので、昨日出されたアイデアが今日にはかたちになってしまうようなスピード感で進むのだという。楽しくて手を動かし続けてしまうのだ。

全自動粉砕・混合ロボット

全自動粉砕・混合ロボットとは、試料を一定の力と速度で粉砕・混合できる装置だ。ラボラトリーオートメーションの研究は、新薬開発などの生物学系の分野で盛んであり、これまで液体と液体を混ぜ合わせるロボットが多かった。一方、マテリアル分野の研究対象である固体や粉末を扱うロボットは技術的にも難しいとされたが、学生が自らの手で完成させ、その結果、ロボティクス領域の国際学会で発表を行う機会も得た。マテリアル研究におけるロボット活用はまだ手掛ける研究者が少なく、競合の少ないブルーオーシャンだという。

国際学会で発表する学生

乳鉢と乳棒なんて、現代の研究で使われているの?という疑問を抱く人もいるだろう。大量生産になればもちろん使用されないが、研究段階ではどの大企業の研究室でも日常的に使用されている。小野教授が構想する「無人ラボ」では、そうした時間をとられる単純作業を自動化し、その計測と得られたデータの解析までを自動化することを目指している。
研究過程の無駄をなくし、効率化することで、人間はアイデアの創出や効率的な材料設計などに専念することができるようになる。日本のみならず、世界中のあらゆる領域の研究を変革し、それによりさまざまな開発の加速が期待される研究なのだ。

阪大工学部だからこそできる研究がある

実は、阪大工学部は40年前から「ラボラトリーオートメーション」の研究を行っていた。その研究は当時からすでに、自動化による省力化ではなく、人間がクリエイティブな仕事に力を発揮できるようにという思想に基づくものだったという。その精神が息づいて、今まさにAIやロボットの技術の進歩と結びつき、実現しようとしている。小野教授は「ラボラトリーオートメーション」の実現のみならず、普及までを視野に入れている。

研究自律化のしくみ

小野研究室が手掛ける「計測×データ解析(AI)×ロボット」には、物理や自然科学、情報科学、数理最適化などさまざまな知識が必要になる。「それを大学の3年間ですでに身に着け、学部4年生や博士前期課程1年の学生が即戦力として活躍できるのが阪大の強みです」と小野教授は語る。学生の柔軟な発想力で新しいアイデアがどんどん生み出され、それを皆でディスカッションしながら前に進めていく日々を、小野教授自身が何よりも楽しく思っている。
「フットワークの軽い学生は、ロボットについてわからないことがあると、専門とする先生のところに出向いて『教えてください』と言って聞いてくるんです。情報科学の学生と勉強会を行ったりもしていますし、学生・教員にかかわらず切磋琢磨しながら学び合える環境が阪大工学部にはあると感じます」。

そんななかでも小野研究室には特に、自由な発想をまずは「やってみよう!」と後押しするカルチャーがある。「ほとんど失敗するわけなんですが、まず試してみるという、フットワークの軽さが大事だと思っています。『計測×データ解析(AI)×ロボット』なんて、研究している人が少ないですから、何か成果を出せばすぐに世界で10本の指に入れるよと学生にも言っているんです」。

これからは応用物理が輝く時代

21世紀は応用物理こそが物理の主流になると小野教授は目を輝かせる。
「かつては、究極の物理法則を求めることこそが物理学者の夢といわれていました。しかしこれからは、複雑混沌とした中からいかに面白い物理法則を見出すかが物理の魅力になると思います」。
なかでもカーボンニュートラルや持続可能性といった、地球規模の課題の解決策を物理の力で考えることが、研究における大きなモチベーションになっている。

研究の魅力について小野教授は次のように語る。「研究というのは、自分が興味をもったテーマをとことん突き詰めることができて、さらにそれを新たなアイデアで展開できるところに無限の可能性と面白さがあると思っています。研究室の外へ出て、異なる分野の人と話をすることで新たな研究テーマが生まれたときに、最も面白さを感じます」。
研究室では、生き生きと研究に取り組む学部生や大学院生の姿が見られるが、同じように小野教授も実に楽しそうだ。「学生に教えているようで、自分が学んでいることも多いです。お互いにアイデアを出し合いながら、新しい発見をしたり、学生のアイデアに驚かされたりする毎日は本当にエキサイティングで楽しいです」。

小野 寛太 教授

応用自然科学科(応用物理学科目)

応用自然科学科(応用物理学科目)

先端物性工学領域(小野研究室)