島国ならではの社会課題に挑む
四方を海に囲まれている日本では、人々の日々の暮らしや産業界にとって海運はなくてはならない存在だ。例えば、瀬戸内海から太平洋沿岸に点在する工場の中間原料や製品の輸送の多くを船が担っている。しかし、海運業界も他分野同様に人手不足の問題を抱えており、特に高度なスキルが必要とされる国内航路の操船人材の高齢化、人材不足は深刻だ。このような背景のもと、工学部地球総合工学科の牧 敦生教授は操船技術の中でも特に難しいとされる「船の着岸」の自動化・省スキル化に挑んでいる。
長さ100メートル前後船の着岸に着目
船の自動化に関する研究の歴史は長いが、以前は計算機やセンサの性能も充分ではなく、機械学習などの計算手法も黎明期であったため、なかなか成果が上がらなかった。しかし数年前に、これらの課題が解消されつつある状況を察知した牧教授は、将来的に船の自動化が海運分野のメジャーな研究テーマになると確信し、船の自動制御、特に港湾内での自動着岸の研究に舵を切ったという。
「船が外洋を航海する際の自動化技術はそこそこ進んでいるんです。でも、港の中での操船は非常に難しくて、完全に人のスキル頼りなんです。特に、長さ100メートル前後の船をタグボートなしで自力で着岸させるには相当高度なスキルが必要なのですが、それをできる人がどんどん減ってきて、技術の伝承も上手くなされていません。それなら自動制御によって、人のスキルが受け持つ過程をなるべく減らして、船を操り易くしてあげようと考えたんです」
1隻1隻オーダーメイドの自動制御技術
静止した路面との摩擦によって走る自動車の運転と異なり、船の場合は摩擦が少ない水上を風の向きや強さ、さらには波の影響などを考えながら操縦しなければならない。自動化のために考慮しなければならない条件があまりにも複雑だ・・・。牧教授はこれらの複雑な条件を機械学習や最適化技術を駆使して予測。船の動きを数式化したうえで、さまざまな条件でシミュレーションを重ねて補正し、人にとって安全な自動着岸プログラムに結実させようと研究に打ち込む日々だ。そこには車や飛行機とは異なる、船特有の課題も横たわっている。
「ご存知ない方も多いのですが、船は車や飛行機と違って、基本的に1隻1隻、形や大きさが異なり、「同じ船」はあまり存在しません。そのため、我々の研究では、対象とする船の性能を模したシミュレータをつくり、制御機器を船に合わせてオーダーメイドで作り上げていく必要があるんです。その過程の随所に、機械学習や最適化技術が関わっています。全て1点もののオーダーメイドで時間もかかりますので、最近はいかにシミュレータを自動生成していくのかという研究で盛り上がっています。本研究室で開発したシミュレータの生成技術は、非常に高い評価を頂いており企業さんからは、こんなことがしたい!あんなことできないですか?と次々にお題をいただいている状況です」
目指す自動着岸まで、7合目か8合目
港での着岸前後には、操舵、エンジン出力調整、係留、荷役など、多くの人がそれぞれの役割を果たしている。中でも、着岸直後のもやい綱による係留は、危険を伴う作業であるにもかかわらず、港ごとの係留装置も異なるため、人力に頼らざるを得ないプロセスのように思える。未来の港では、どこまで船の自動化が進むのだろうか?
「私は、完全な無人自動着岸まではいかないし、そこまでやる必要はないと思っています。現実問題として、大きなエンジンを積んでいる船には人が乗っていないと危ないし、もやい綱による係留なんてもうスキルの塊で、ここを完全に自動化するのはコスト的に合わないと思います。なので、最低限の数の船員さんは船に乗って、係留の作業も人がやるけど、省スキル化を徹底することが現実的かなと思っています。マグネットみたいなもので船を岸壁に留める設備もあるようですが、そこまでコストをかけなくても、着岸をうまくサポートする装置ができればいいんじゃないでしょうか。そんな省スキルの自動着岸技術が完成地点だとしたら、現状は7合目か8合目ぐらいまで登ってきている感覚です。
でもまだ、やるべきことはたくさん残っています。ベテラン船長の操船術を読み解き理解することから始め、数式に落とし込んで、実際の操船にまで結びつける・・・ハードルは正直高いです(苦笑)。しかし、我々のこれまでの研究を通じて、必要な技術的要素が揃ってきたので、これをなんとか社会実装につなげていきたいですね。そして最終的には、運航されるたび自動的に船が賢くなって、どんどんベテラン船長に近い動きができるようになっていくシステムを創りあげたいです」
より難しい、タグボートの自動化へ挑戦!
自動着岸研究がいかに困難な課題を抱えているかを、なぜか楽しそうに話す牧教授だが、実はさらにその先の研究テーマも見据えている。それは「タグボートの自動化」だ。タグボートとは、全長300メートル以上にも達する大型船を押したり曳いたりして目的の場所まで移動させる小さな船のことで、数隻が同時に1艘の大型船をサポートする。単独の船の動きの制御に較べて、複数の船の協調した動きの制御ははるかに複雑そうだが・・・
「めっちゃ難しそうなんですが、一回やってみようかと思って。実験用の船も準備して、大きな船を押したり曳いたりして研究を始めてます。動力のない船を引っ張っている状態をどうやって検知するかが重要なので、センサーに工夫を凝らしたり、いろんな予測技術を用いることで、なんとかできるかなと思っています。まさにこれからの研究で、難しそうなテーマなので、学生さんも面白がると思っています(笑)。我々の研究室は、言われたことだけやるんじゃなくて、先入観なしに自由に好きなことをやってください、みたいなスタイルなんです。そんな雰囲気もあってか、難しいテーマの研究を面白がってくれる学生さんが多いですね。自分で課題を見つけて解決していくことは簡単ではないですが、そんな活動を通じて学生さんに成長してもらいたいです。」
このタグボートに関する研究は、ニーズありきのものではない。牧教授は何も制約がない状態で新しいテーマの基礎研究を進めつつ、その成果で社会のニーズを呼び込み社会実装へと繋げていこうとしている。これこそが大学という自由な舞台における理想的な研究の流れではないだろうか。
食わず嫌いをせずに、基礎研究も社会実装も
牧研究室に所属する学生は、基礎研究と社会実装寄りの応用研究の両方に取り組んでいる。船のシミュレーションのための数理系のプログラミングもやれば、実験用の制御装置づくりでも手を動かす。牧教授は、ともかく「食わず嫌い」をなくして研究に取り組んで欲しいと学生たちにメッセージを送る。
阪大吹田キャンパスの犬飼池(実験池)に浮かぶ模型船
「ある程度経験を積んでくると新しい目標や課題に出会ったとき、食わず嫌いつまり先入観だけで多分ダメだろうなとか思ってしまって、新しいことができなくなりがちなんです。私自身も今の研究で使っている機械学習や人工知能とかが好きじゃなかったんですが、実際使ってみたら新しい世界が広がりました。だから学生さんにも、一旦先入観を外して考えてもらうようにしています。
例えば、学生さんの中には、剽窃とかの問題が嫌だから生成AIは使いませんとか言う人がいる。でも、最初からそう決めつけるのは良くないよって言ってあげるんです。私も最初は、こんなの使うもんか!と思ったんですけど、うまく使っていけば、だんだん良さに気づいていける。どんな研究テーマが流行っているのか?自分の仮説はどうなのか?とか、いろんなことを毎日話して、最近では安らぎを感じたりしています(笑)。生成AIに関しては、優秀な学生さんほど使い方が上手ですよ」
安心してください、勉強と読書は本当に役に立つんです!!
最後に、牧先生から受験生へのコメントをいただいた。
「今皆さんが頑張って勉強している数学や理科は、大学や仕事で役に立つのか?と疑問に思っている方がいるかも知れません。でも安心してください、その勉強は実際の基礎研究や社会実装に向けた応用研究のあらゆるフェーズで、本当に役に立ちます。また、理科系科目だけでなく、文科系科目も海外の方との交流などで大いに役立ちます。
あと、無理のない範囲でたくさん本を読んで幅広い教養を身につけておいた方がいいと思います。将来、異分野の人とうまく付き合っていくためのツールになりますから。もし異分野の仕事の仲間と飛行機で隣に座って長時間雑談する機会があったとしたら、阪神優勝や二刀流大谷さんの話だけでは続かないんですよ(笑)。そして、本を読むときも、食わず嫌いは無くして、いろんな分野の本を読んだらいいと思います。
受験生の皆さんは大変苦しいと思いますが、阪大工学部にはめっちゃ面白い研究が揃っています。この壁を頑張って乗り越えて、ぜひ我々と一緒に研究を楽しみましょう!」