研究紹介

2016年取材

心理学的アプローチによる創造力の活性化

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人の行動はメンタルに支配されている

結晶化のテクノロジーを核に新材料を創出することで世の中に貢献したい。それが森勇介教授が研究活動に取り組む動機だ。優れた特性を持つ結晶ができれば高性能レーザーや省エネデバイスの実現に貢献し、新しい医薬品の開発にも役立つからだ。これまで、無機材料はもちろん、有機材料、そしてタンパク質と、従来は困難と考えられていた材料の結晶化を実現する新たな方法を、常識を打ち破る発想で次々に発見・開発してきた。

そんなバリバリの研究者である森教授が重視しているのが、実は「心理学的アプローチ」だという。工学部なのに心理学? 不思議に思うかもしれないが、これが実験の成功やプロジェクトの活性化、さらにはベンチャー起業に効果絶大なのだという。

キミにはこんな経験がないだろうか?発表会の壇上で頭が真っ白になる。サッカーのPKでゴールをはずす。決勝戦でエラーをする。文化祭の委員になり責任感に押しつぶされそうになる。あるいは、友達の何気ない言葉に傷つき、心が折れそうになる。──これらは全てメンタルの弱さからきている。

失敗したらどうしよう。恥をかいたらどうしよう。どうせ自分なんかにできっこない。メンタルが弱いとネガティブになり、挑戦する意欲が奪われる。プレッシャーばかりを感じ、楽しむことができなくなる。人間がやることだから、研究活動においても同じことが言える。困難なテーマを避けていては新発見はできない。人との関わりを避けていてはプロジェクトは動かせない。リスクを避けていてはベンチャーは生まれない。

"心の筋トレ"をするために"心の骨折"を治す

では、どうしたらメンタルを強くすることができるのか。森教授は修羅場や崖っぷちに直面し、それを克服・解決するといったメンタルトレーニング、すなわち"心の筋トレ"をすることでメンタルは鍛えられると言う。

「大学というのは"頭の筋トレ"をする場所だと思われていますが、"心の筋トレ"も同時に行っているのです。特に研究活動に顕著です。誰もやっていない、成功するかどうかわからない研究テーマに挑み、失敗しても失敗しても実験を繰り返す。そこには幾多の困難や障壁、危機的状況があり、それが心の負荷となってメンタルが鍛えられるのです。プロジェクトのリーダーになったり、ベンチャー企業を起こそうとなると、その負荷は絶大なものになります」

ちなみに森研究室では、"頭"と"心"を支える土台である"体"も鍛えるべく、吹田祭と呼ばれるスポーツ大会にも熱心に取り組んでいる。頭と心と体、3つの筋トレが優れた研究につながるというわけだ。

しかし、ただ負荷を重くしていけばメンタルが強くなるかというと決してそうではない。そこに心理学的アプローチ導入の理由がある。

「"心の筋トレ"をしっかり行うためには、"心の骨折"をまず治しておかなければなりません。"心の骨折"とは、トラウマのことです。骨折している人がハードなトレーニングをすると余計にケガが酷くなってしまうように、"心の筋トレ"では、自分には能力がないというような自己否定的なトラウマを持っている人が限度を超える負荷に直面すると逆効果になってしまうのです」

心理学のテクノロジーでトラウマは解消できる

一般的にトラウマは、交通事故や凶悪犯罪、自然災害など生命の危機に遭遇したり目撃したことによる「心理的ショック」のことを言うが、実は日常生活の中での「怒られた」や「嘲笑された」など、一見軽い出来事でもトラウマになり得る。特にまだ発達段階にある幼少期には、些細な出来事が子供にとって大きな心の傷として残ることがあり、子供のためを思って注意した親の意図とは裏腹に、子供は自分の存在を否定されたと思い込んでしまう。無邪気にはしゃいでいるときに大人から「おとなしくしなさい」と叱責されると「自分はダメな人間だ」「好きなことをしたら怒られる」といった思い込みが心の中に形成されてトラウマになる。記憶は状況に依存する性質があるため、そのときと同じようなシチュエーションになったときに潜在意識で危険信号が出され、その結果、創造性や自主性、挑戦心に自分自身でブレーキをかけてしまう。

森教授は、このトラウマを解消する方法を開発した心理学者と偶然出会ったことをきっかけに、新たな研究テーマとして心理学的アプローチの実証に取り組んだ。今ではトラウマ解消のカウンセリングが受けられる「心の相談窓口」が工学部の中に設置され、多くの教職員や学生が利用している。

「このカウンセリングは、自分がダメだから怒られたのだというような思い込みを具体的に掘り起こし、そうではないとイメージの中で修正するもので、心理学のテクノロジーによるものです。もちろん真っ先に私も受けました。最初はこんなことでトラウマが取れるのかという感想でしたが、後日、家族から変わったと驚かれ、その効果を認識しました」

「どうせダメだ」が「なんとかなる」に変わる

トラウマ解消のカウンセリングの効果は2つあるという。1つはコミュニケーション能力の向上だ。

「こんなことを聞いたらバカにされるんじゃないかと気にせず、疑問や意見など思ったことを何でも言えるようになります。また、トラウマが強いと人の言葉に対して、カチンときて怒ったり、グサッと刺さって落ち込んだりするのですが、これも冷静に聞いて対応できるようになります。よってメンバー間のコミュニケーションがよくなり、プロジェクトが同じ目標に向かって効率良く進むようになります。」

もう1つは、自信が生まれるということだ。

「これまで、それは無理です、できませんと言っていた人が、なんとかなるんじゃないですか、できそうな気がします、もうちょっとやってみましょうと受け答えが180度変わって協力的な態度になり、積極的になります。研究開発では実際に実験を行う現場のメンバーがダメだと思ったらもうダメなんです。100回実験をやっても、どうせダメだと思っている人は工夫もせずに回数だけこなそうとしますが、できそうだと思う人は違うことを100回やるから正解を見つけることができる。2014年にノーベル物理学賞を受賞された天野先生は1500回失敗しても、絶対できると信じて楽しみながら新しい工夫考えて研究を継続されたそうです。これはイノベーション創出にとても大事なポイントです」

工学と心理学、研究とカウンセリングという異色の組み合わせがイノベーションを創出し、プロジェクトを活性化する鍵だった。健康な心になって困難や失敗も楽しめるようになれば"心の筋トレ"でますますメンタルが強くなる。メンタルが強くなったメンバーが結集する森研究室にこれからも注目だ。

森 勇介 教授

電子情報工学科(電気電子工学科目)

電子情報工学科(電気電子工学科目)

機能性材料創製領域(森研究室)