研究紹介

2020年取材

異方性の視点による骨の構造解明から
3Dプリンタでの人工骨/航空宇宙材料開発へ

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骨の異方性の仕組みを原子レベルで解明

材料の「異方性」という言葉を耳にしたことはあるだろうか?
「異方性」とは物質の特性(例えば、強度、光学的性質など)が方向に依存する性質を持つこと、つまり特定の方向にだけ強度が高かったり光を透過したりする特性を持つことを指し、その逆が「等方性」だ。この「異方性」を正確に理解し材料設計に反映することができれば、必要な方向にだけ強度を発揮できるような優れた機能を材料に付与することが可能だ。
では我々のまわりにこのような「異方性」を備えた材料は存在するのだろうか?意外にもそれは自然界の創成物のほとんど、例えば、私たち人間の体の大部分にあり、日々「異方性」で身体活動を支えてくれている。その代表的な材料とは「骨」だ。骨は荷重がかかる方向には、その他の方向よりも明らかに強度が高い。強度の異方性を持つことで、余分な重量や体積が削ぎ落とされスリム化し、最小のエネルギーと力で最大の動きを実現している。このような骨の異方性はなぜ生じるのか、異方性材料の研究のエキスパートである大阪大学大学院工学研究科マテリアル生産科学専攻の中野貴由教授に訊いてみた。
「骨というのは荷重がかかる方向の強度が高い究極の高機能材料です。その秘密は原子レベルでの骨の構造にあります。骨はコラーゲン線維にアパタイトというセラミックがまとわりついたような石灰化構造をしています(図1)。このアパタイト結晶は六角柱状(六方晶系)の原子配列をベースにしており、この構造では矢印方向(c軸方向)の強度が他の方向に比べて高い。つまりアパタイトの結晶が同じ方向を向いて配列している(優先配向性を持つ)場合、その方向の強度が高まるわけです。

微小領域X線回折法や放射光(SPring-8)を用いて、骨のアパタイトの原子配列まで解析してみると、力のかかる方向にアパタイトの原子がちゃんと配列していて、異方性を持つことがわかりました。さらに詳しく調べていくと、頭蓋骨では外からかかる圧力に対して強度が高くなるような2次元異方性構造を持ち、咀嚼荷重を受ける下顎骨では数mm距離が離れるだけで全く違った異方性骨構造を示すことを発見しました(図2)。」

図1:骨のコラーゲン線維とアパタイト

図2:部位によるアパタイトの配向性の違い

骨の異方性形成機構の解明の必要性を強く感じた中野教授は、原子レベルでの骨の構造解析の研究を進めるために、工学分野では珍しい動物飼養施設や細胞実験施設をはじめ、3次元立体構造を解析できる4台ものCT(Computed Tomography)装置など多数の医工学関係機器を研究室で運用中だ。骨構造や生体材料をテーマに共同研究を行っている医学部、歯学部、薬学部の研究者たちが、ひっきりなしに研究室を訪れるので、中野研究室はいつも賑やか。

航空宇宙分野の材料研究で異方性の可能性に目覚め、さらなる挑戦へ!

図3:正方晶構造(左)と六方晶構造(右)

「この発見で、異方性をうまく利用することで特定方向に高強度機能化できそうだ、という発想が湧いてきました。今まで世の中の研究者は等方性を目指して材料を開発してきたけれど、異方性こそすごく重要なんじゃないかと。それからは異方性に注目して、耐熱材料の研究を進めました。」
航空宇宙材料の研究で異方性の可能性に気づいた中野教授だが、その頃には飛行機もスペースシャトルもすでに空を飛んでおり、もっと挑戦的な分野での材料開発へと気持ちは傾いていった。
「これから社会で求められる異方性材料の究極のカタチを考え抜いた末、たどり着いたのは生命科学の世界でした。学問はそれぞれの領域でもうかなり成熟してきていたので、医工連携、医歯薬工連携とか、学際的にやっていかないと新たな先端的研究分野は生み出しにくいと思っていたし、どんなに技術が進んでも誰もが命を大切に思うはずですから。生命科学分野の異方性材料という視点でみていくと、重力を感じて機能を発揮する「骨」が断然面白いと興味が湧いたのです。」

「Bone Quality」の謎に原子レベルで迫る

ちょうどその頃、超高齢社会の到来に向けて「Bone Quality(骨質)」という言葉をアメリカ国立衛生研究所(NIH)が使いはじめた。骨の強度を決める因子として、従来は骨の密度が重視されていたが、どうもそれだけでは説明がつかない状況だった。そんなとき、中野教授は材料科学の研究者ならではの発想で、原子レベルから骨の微細構造を調べはじめたのだ。彼らの研究グループはコラーゲン線維にまとわりつくアパタイトの原子配列を調べることで、骨の異方性を決めるのはアパタイトの配向性にあり、その配向性は部位によって大きく異なるということを発見した。材料科学分野の研究者によるこの発見は、医学/歯学等の関連分野の研究者たちに大きなインパクトを与えた。Bone Qualityにアパタイトの配向性が大きな影響を与えていることを発表するやいなや、中野教授のもとには多くの医学/歯学分野等の研究者が訪れ、学問領域を超えたさまざまな医工連携・医歯薬工連携の共同研究が走り出すことになる。その後、骨そのものの研究が生体材料の開発に発展し、カスタムメイドの骨医療デバイスや人工骨の開発も進んでいる。材料科学の根底を流れる原子配列制御により、「それぞれの人や、各骨部位によって最適な異方性や硬さ」を持つ人工骨デバイスをつくろうという研究だ。
「従来のような実際の骨よりもかなり強度が高い金属製人工骨デバイスでは、周りの骨が弱ってしまいます。人工骨デバイスの強度を原子配列により制御するために、我々の研究グループでは金属3Dプリンタの活用を進めています。3Dプリンタは異方性を有する金属材料をつくり出す究極の手段なのです。」

3Dプリンタの前で大学院生と仕込みの打ち合わせ

金属3Dプリンタを使いこなし、生体材料の実用化を実現

一般的に3Dプリンタは材料の形状を制御するというイメージがあるが、金属の原子の配列をある特定の方向に向けることもできるという。中野教授の研究グループが使っている金属3Dプリンタの仕組みは、金属粉を2次元に敷き詰めて、必要な部分をレーザや電子ビームで溶かして、それをどんどん重ねていって3次元の構造をつくり出す。溶解した金属が固まる際には、一番エネルギーの低くなる方向に結晶化しようとするので、そこをうまく制御することで、成長しやすい方向に原子が配列していく。その角度を金属の溶かし方でいかに制御するかというのがポイントだ。
「我々が3Dプリンタを使うときは、形状だけではなく材質にもこだわります。ある部分を薄くしたいときには、その部分だけに強度の高い方向を出すような材質を作り出す、つまり異方性を持たせるのです。逆に一定の方向だけ柔らかい金属製の人工骨デバイスをつくることも可能です。」

現在、中野研究室で使われている3Dプリンタは合計4台(レーザー熱源2台と電子ビーム熱源2台)。3Dプリンタの電子ビームの走査速度はなんと秒速8000 mに達する。これらの3Dプリンタで金属の異方性をコントロールする技術を活用した医工連携の共同研究の成果により、既に生体材料の実用化が実現している。

「2017年以降、インプラントや医療デバイスのメーカーとの共同研究の成果がいくつか臨床現場で実用化されました。例えば、溝の角度を工夫してアパタイトの配向性(骨質)の維持を実現したデンタルインプラントや、周りの骨が劣化しないようにに適度な荷重をかけることのできる人工股関節インプラントなどの製品が医療現場で利用されています。最近では、脊椎構造を再建するための材料開発も国家プロジェクトで進めており、アパタイト配向性を制御しながら、迅速に質が良い骨を再生できる椎体スペーサーの薬事承認も申請済みです。」

3Dプリンタ活用実績

人工股関節インプラント

新規椎体スペーサー(薬事申請製品とは異なります)

3Dプリンタの進み具合を大学院生とチェック

中野研メンバー(学会にて)

航空宇宙材料分野で見い出された異方性研究の端緒は、20年以上かけて3Dプリンタによる生体材料開発にまで発展してきた。そして3Dプリンタで金属原子の配向化制御が可能となった今、中野教授の研究グループは再び航空宇宙材料分野で多くの研究プロジェクトに参画するようになったという。
「医療用の生体材料も航空宇宙材料も、極限状態での究極的な特性を発揮する必要性という面では共通しています。例えば、柔らかい金属材料や特定の方向にだけ強度を発揮する金属材料を、3Dプリンタにより原子配列を制御し、組織を制御し、さらには電子分布を制御することで実現しようとしています。」
3Dプリンタという伝家の宝刀を手に、異方性を基軸に様々な研究テーマに果敢に挑戦する中野教授。研究の次なる展開を訊いてみた。
「IoTの申し子のようなツールである3Dプリンタを産業応用するには多品種少量生産ではダメで、多品種大量生産(マスカスタマイゼーション)にしないといけない。ネットを活用してどんどん情報を送りこむシステムを組んで、シミュレーション、データ解析、AI技術を駆使することで、試行錯誤に頼らないようなマテリアル設計や3D造形を進めていくという研究スタイルが、今後の一つの方向性だと思っています。いわゆるサイバー空間とフィジカル空間の融合によるデジタルツインです。若い頃のように無限に発想が湧き出てくるわけではありませんので(苦笑)、中野研を構成する若いスタッフや学生さんたちの独自の発想に期待したいです。」

中野貴由 教授(大阪大学栄誉教授)

応用理工学科(マテリアル生産科学科目)

応用理工学科(マテリアル生産科学科目)

生体材料学領域(中野研究室)