研究紹介

2017年取材

持続可能な消費と生産を実現するための基盤研究

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世界人口の増加が現代社会の持続可能性を損なう

「現代社会は持続可能ではない」。

小林教授はショッキングな言葉を口にする。確かに気候変動や異常気象、自然災害を伝えるニュースが増え、地球規模で問題が起こっていることを伺わせる。その根本原因は世界人口の増加にあると小林教授は解説する。日本は人口が減少しているため実感がないかもしれないが、世界に目を向けるとアジアや環太平洋地域では人口が激増している。人口が増えるとモノ、サービス、インフラの需要も当然増え、資源やエネルギーが膨大に必要になる。アジア太平洋地域の資源消費量は2050年には現在の2倍以上になるという試算もある。気候変動や自然災害はその影響として発生しているのだ。

環境問題だけではない。貧困や格差といった社会問題も持続可能性に深く関わるのだという。豊かさを享受できない人々の不満が爆発すれば、暴動やテロによって社会基盤が破壊される。

「結局、環境的な持続可能性と社会的な持続可能性を同時に解決していかなければ現代社会というシステムは破綻し、やがて地球全体が破滅に向かうのです」。

目標は明確だが解決の具体策は不透明

目標はクリアである。環境的な面では、化石燃料の燃焼を減らすためにエネルギー使用効率を上げて、再生可能エネルギーを増やす。鉱山からの採掘を抑えるために資源を循環的に利用する。社会的な面の問題は複雑かつ多様ではあるが、まずは先進国と新興国・途上国の格差を是正し、全ての人が豊かさを享受できるように経済発展を支援しなければならないだろう。

では、具体的にどうやって解決すればいいのか。様々な意見があり、まとまっていないのが現状だ。国連では持続可能な開発目標(SDGs:Sustainable Development Goals)17項目が採択され、環境意識の高いEUでは循環経済をを促す法律が制定された。日本の動きはまだ鈍いが、これからは持続可能性を考えないモノづくりはあり得ない時代となる。国や企業の競争力にも直結するだろう。

「ただし、そもそもどうやって環境問題と社会問題を一緒に考えていけばいいのか、考え方の枠組み自体がないわけです。私は工学の研究者ですから、エンジニアリングをベースに問題解決の方法論を生み出していきたいと考えました」。

「サステナブルシステムデザイン学」の挑戦

そこで立ち上げたのが「サステナブルシステムデザイン学」という新しい学問領域だ。持続可能な社会の実現に向け、人工物の生産から消費までをシステムとして捉えて、その仕組みをデザインすることを目的とする。ここで言う“人工物”とは、自然物と対をなす言葉で、工業製品のみならず、サービスやソフトウエアといった無形物まで人類が作る全てのモノを指す。水処理システムやエネルギーシステムなど特定分野の持続可能性に関する研究は多いが、人工物全般を対象にした研究はあまり例がない。

そのためアプローチは学際的で、ライフサイクル工学、資源・エネルギーを含む環境学、設計工学を基盤分野とし、個別テーマに応じてシステム理論、環境経済学、人文社会系の知識を融合して研究活動に取り組んでいる。

そして「道半ばだが輪郭はできつつある」と小林教授は語る。輪郭は2つある。

1つは先進国をターゲットにした研究だ。先進国はインフラが整備され、すでに工業製品があふれている。そういった既にある人工物を使って、今後新たに投入する資源の量をできるだけ増やさない、むしろ減らそうという方法論だ。その鍵は資源をいかに循環的に長期に使うかにあり、モノの一生(ライフサイクル)をシミュレーションするプログラムを開発している。

もう1つは新興国・途上国をターゲットにした研究。新興国・途上国の人工物はわずかで資源消費量も少ない。先進国と同じ道をたどらないためにも、資源消費の増大を抑制しつつ、しかし生活の質(幸福度、満足度)は高めていく方法論が求められる。その一例として、地域ニーズに合致した人工物をデザインするための設計支援システムを開発している。

人工物の一生(ライフサイクル)をシミュレーション

それぞれの研究を概説しよう。先進国向けの研究は「ライフサイクルシミュレーション(LCS)」という。何十万台、何百万台と市場に流通している人工物をまとめてコンピュータの中に入れ、その人工物の一生をモデル化してシミュレーションするプログラムだ。家電製品や自動車といった人工物の寿命、および寿命時のリユースやリサイクルなどの資源循環経路、構成素材、リユース先の人工物を含む生産計画などを入力データとする離散事象シミュレーションにより、廃棄台数、リユース率、CO2排出量、総コスト、企業利益などの時系列データを計算できる。

「例えば、Aという部品をリユースできるように入力条件を変えれば、ライフサイクル全体として環境負荷や資源消費量がどれだけ減らせるかが予測でき、その結果を活かしてサステナブルな人工物の設計が可能になります」。

さらに精度を高めるための研究も重ねている。モノのインターネットと呼ばれるIOT技術を使って市場投入後の実データをLCSに反映できるようにしたり、人工物と人工物の相互作用によって拡大・変容するライフサイクルまでシミュレーションできるようにしたり開発を進めている。循環経済の実現に必須のツールになるはずだ。

新興国・途上国の生活環境をバーチャルで体験

もう1つは、「地域指向デザインのための仮想化現実環境」である。現地の生活環境を丸ごとコンピュータの中に取り込んでバーチャル空間を生成し、設計者がアバターとなって入り込めるシステムだ。新興国・途上国では世帯レベルで生活の質を向上させなければならないが、人工物の資源消費量や環境への負荷は増やしたくない。そこで、現地の一般家庭が入手可能な価格で、基本ニーズを過不足なく充足する製品をいかに開発するかが課題となる。このシステムを使えば、遠く離れた国の衣食住の生活習慣や家電製品の実際の使われ方などが理解でき、例えば日本とベトナムの技術者が同じバーチャル空間でコミュニケーションしながら、設計要件を検討したりデザイン案の評価支援を行ったりすることも可能となるわけだ。

新興国・途上国に向けた研究を進めるため、現地調査も積極的に実施し、公的研究機関、企業、NPOとの共同研究も行っている。

研究活動が本格化するのはこれから。新しい学問で持続可能な人工物システムを創り出すという壮大なテーマに挑む本研究室への期待は大きい。