研究紹介

2020年取材

結晶構造を可逆的に変化させる「軟らかな結晶」!?
その構造解析と新機能の発現に挑む

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従来の結晶のイメージを覆す「軟らかな結晶」

結晶とは原子や分子などが空間的に規則正しく配列した物質のことで、氷、ダイヤモンドやルビーといった宝石、さらには半導体材料の炭化ケイ素(SiC)などがよく知られている。構成成分としてより大きな有機化合物の場合も、結晶状態では空間的に繰り返しパターンを持って配列している。こうした有機結晶はひずみに対して弱く、外部から刺激(圧力・光・熱など)をかけると崩壊してしまうことが多い。ところが最近、外部からの刺激に対し、しなやかに構造を変化させることができる「動的」な有機結晶、わかりやすく言うと「軟らかな結晶」が注目を集めている。例えば、圧力に対して応答し、発光色が変わるようなシステムも報告されている。応用化学専攻物質機能化学コースの燒山 佑美 准教授も、そんな「軟らかな結晶」の研究に取り組む研究者の一人だ。

研究対象の分子模型を手にする燒山准教授。

「結晶っていうと、分子や原子がぎっしり詰まったような印象があると思うのですが、私は結晶中の成分を自由に出し入れすることで、面白い機能や現象を見い出そうとしています。例えば、特定の機能をもつ物質を入れることで、結晶構造そのものを変化させたり、単独では見られない性質を見いだすことができれば面白そうだと思ってこの研究に取り組んでいます」
物質は結晶化するときに、できる限り空隙を作らず、密に詰まるように配列しようとする。そんな状態から分子を抜き差しすると、積み上げたブロックが崩れてしまうように、結晶構造が壊れてしまいそうだ。そんなこと、一体どうやって行うのだろう?このモヤモヤ感はどうやら結晶に対する先入観が原因らしい。

ややこしいカタチの分子を弱い結合で繋いだ結晶

結晶というと、氷のように硬いが脆いというイメージが強い。もっぱら有機分子で構成された多くの分子性結晶では、実際に外部からひずみをかけていくと、分子のならびの規則正しさが失われてしまい、崩壊してしまうことがほとんどだ。にもかかわらず、ある一連の有機結晶では外部からの刺激に対して結晶状態を保ちながら、ダイナミックな構造変化を可逆的に示すことがあるという。なぜ「軟らかな結晶」ともいうべき物質が存在できるのだろうか?

図1:弱い分子間相互作用で有機分子が繋がった軟らかい結晶が示す構造変化
チャンネル内に溶媒分子が取り込まれた構造(左)と分子がぎっちりつまった構造(右)が
可逆的に結晶状態のまま変化する。

「有機分子の結晶では主に水素結合やファンデルワールス力といった分子間力で有機分子同士が繋がっています。私が使っているこのダイマー(二量体)はその中でも特に弱いタイプの分子間相互作用によって結晶状態を保っています。おまけに、ねじれたようなかさ高いカタチを持ち、各パーツが回転することで、大きな変化が加わっても規則正しい構造が壊れないよう柔軟にフィットして規則構造を保つという性質をもっています。そのため、一般的な有機結晶とは異なり、軟らかい結晶を与えやすい。実際にこの分子をある条件下で結晶化すると、溶媒を取り込んだ通路 (チャネル) のような構造を持った結晶を与えます。そして面白いことに、その結晶から真空や熱で溶媒を取り除いてやると、結晶構造が変化してチャネルがなくなり、その後また溶媒につけてやると再び溶媒を取り込んでチャネルのある結晶構造に戻ることを発見したのです」
まるでスポンジのようなイメージだ。今わかっているのは、この分子の場合、アルコールといった高極性溶媒を使うと空隙のない結晶構造、一方、石油エーテルのような極性の低い溶媒の場合は、チャネルを持った結晶構造を与えるということ。つまり簡単に作り分けることが可能だ。このような外部刺激による物質の出し入れや結晶構造の可逆的な変化には、新しい機能発現が期待できそうだ。

偶然から生まれた現象にテンションが上がる

空隙が多くあって、可逆的な結晶構造の変化が可能な軟らかい有機結晶というのはいろいろな機能を持つため、多様な応用分野がありそうだ。特定の物質だけを空隙に吸着できるように修飾すれば「貯蔵材」として、吸着した物質の性質によっては「発光」「変色」「伝導」などを活用したセンサーデバイス材料としての応用も見えてくる。
このような特徴を持つ動的結晶はどのように設計されたのだろうか?
有機化学の中でも有機合成分野では、計算科学的手法とデータ科学的手法を駆使したシミュレーションにより、反応経路の探索(仮説の設定)が行われることも多くなってきた。今回のような有機結晶の分野での、研究の流れを訊いてみた。
「有機合成や物性の分野などでは高性能コンピュータを使ったシミュレーションはかなり進んできていますし、実際に分子設計や機能解析で使われている研究者の方は数多くいます。しかし、結晶構造の予測に関しては、シミュレーションを進めるためのファクターが多すぎて、現状ではまだ一筋縄ではいきません。今回のような有機分子の結晶化を簡単にシミュレーションできるようになるまでは、まだしばらく時間がかかりそうな気がしています。とはいえ、最近ではタンパク質の構造をAIで予測できるようになってきていますので、案外すぐなのかもしれませんね」
では今回の動的有機結晶はどのような経緯で見出されたのだろうか?

図2:動的有機結晶の構成成分であるかさ高いダイマー(2量体)の分子式と立体構造。
最初は赤矢印の結合を切断して反応を進めようとしていたが、
簡単に切断できないことがわかり方針転換。

「もともと私は今回ご紹介した動的有機結晶の構成成分である、このダイマー自体の反応を研究のターゲットにしていました。ダイマーの結晶に対し、外部から熱や光や圧力といった刺激を加えてここの結合を切って、ラジカル化することでいろいろな反応を進めて、色が変わったり、光ったり、電気を流したり、そんな現象が起きたら面白そうだと思っていたのです。でも元の分子設計が良くなかったのか、実際はかなりのエネルギーをかけないと、この結合が切れないことがわかって、当初の目論見は外れました。でもこのダイマーを結晶化してX線で構造解析したら、溶媒を取り込んだチャネルがたくさんあることがわかった。『おおっ、予想外!!』とかなりテンションが上がりましたね。このかさ高い分子を、結晶性ホストのビルディングブロックに使えることを発見したのです。そこからは視点を切り替えて、チャネルのある有機結晶に焦点を絞った研究を進めることにしました。偶然の賜物です。」

妄想の世界にどんどん入って仮説をたてる

今回のようにあるテーマを研究しているうちに、スピンアウトして別のテーマに移るということは、研究の世界ではよく耳にする話だ。しかし研究者たちは、なぜそんなに軽やかに研究テーマを変えることができるのだろうか?そういうターニングポイントで踏み出す大きなモチベーションがあるはずだ。
「私の研究モチベーションは、驚くようなモノ、面白いなと思えるモノを作り出すこと。もちろん社会の役に立つ機能を持たせることを前提としていますが、単純に見た目にパンチが効いていて面白そうなものにどうしても惹かれてしまう(笑)。自分が知らなかったこととか、予想せずに見出した新しい現象を目にすると、「どういうことなん?」と、そっちの方にどんどん進んでいってしまう。そして、大抵そっちの方が面白い結果になる。自分の仮説を実証しようといろいろ試しているうちに、予想外の新しいモノや現象を見出したときに、一気にテンションが上がりますね(笑)。思った通りにならない方が、いろいろな妄想が膨らむんです。以前から妄想好きな私にとって、研究というのは自分の妄想を実現するために片っ端から調べていくような行為。そして、理論的にはできそうでも、やってみなければわからないのが化学の面白さ。溶媒の不純物だけで結果がガラッと変わることもありますから。」
ただし、実際にできた物質がインパクトのある面白いものかどうか、その構造を確かめることは意外と難しいはずだ。固体中の分子の構造を知るために、どのような手法が取られているのだろうか?燒山准教授は興味が湧いたモノを分析するためには手段を選ばないという。実験室の顕微鏡から、国内中の研究施設、海外のシンクロトロンにまでどこにでも出かけていく。「どんな方法でもアリで、わかるまでやめません」と言い切る燒山准教授はかなり諦めが悪い方らしい・・。

結晶構造をX線で解析するため、マイクロメートルサイズの結晶を眼科用のメスを駆使してさらに小さく切る。

繊細な手技は、燒山准教授の得意技。結晶の端に10μmの電極を貼り付けてそこに電流を流したりしたことも。

分析のために治具に装填した結晶を前に、「この子ができたのは偶然の賜物なんですよ(笑)」

今後は超小型レーザーも活用しながらエネルギー分野を視野に

燒山准教授が所属する櫻井研究室では、有機化学系の研究室には珍しい超小型のマイクロチップレーザーも活躍中だ。普通のNd:YAGレーザーなら実験室一室を占領するぐらいのサイズ感だが、平等 拓範 先生 (理研・分子研) が開発した、このマイクロチップレーザーは超小型でエネルギー強度も充分だ。今はレーザーアブレーションという方法でいろんな金属 (ルテニウム、パラジウム、プラチナ、金など) のナノクラスターを作製しているが、今後は有機結晶など様々な物質にもレーザーをあてて、新たな事象を探索していくという。

理化学研究所の平等先生の開発による超小型レーザー。名刺のサイズと比べると、その小ささに驚かされる。

「せっかく素晴らしいレーザーがあるので、いろんなものに試してみたいですね。何が起きるのかワクワクしていますし、研究の可能性を広げていければ嬉しいですね。」
何でも貪欲に研究に取り入れる、挑戦心旺盛な燒山准教授が強く意識している分野は「エネルギー」分野。未来のエネルギー技術の発展のために、その「旺盛な妄想力」と繊細な手技から巨大加速器まで使いこなす「何でもアリの分析力」による、インパクトの強い研究成果を期待したい。

燒山 佑美 准教授

応用自然科学科(応用化学科目)

応用自然科学科(応用化学科目)

物理有機化学領域(櫻井研究室)