研究成果 落合教授、神戸准教授、松垣准教授、石割講師の4名が科学技術分野の文部科学大臣表彰を受賞
文部科学省では、科学技術に関する研究開発、理解増進等において顕著な成果を収めた者を「科学技術分野の文部科学大臣表彰」として顕彰しており、この度、令和6年度の同表彰を大阪大学から14名、うち工学研究科からは以下の4名が受賞しました。
受賞された先生方がどのような研究に取り組まれているか、どんな未来社会につながっていくかなど、お話を伺いました。是非ご覧ください!
科学技術賞(研究部門)
■ 落合 秀樹 教授(電気電子情報通信工学専攻)
「周波数効率および電力効率に優れた無線通信技術の研究」
“究極の無線通信”を求めて 独自のアプローチで未来を切り開く

私たちの生活に今や当たり前となった無線通信の技術。「WiFi」という言葉はいつの間にこれほどまでに浸透したのだったか…ノートパソコンにも電源や周辺機器をつなぐケーブルと重いバッテリーがあることが当たり前だった時代、今のような通信技術が浸透することは、想像し難かった。
落合教授ら、通信技術に精通する研究者の間では、30年以上前から断片的に無線通信の課題に向き合ってきた。現代社会の状況は、時代が急激なスピードで変化し、研究者にとっても予想だにしないものだという。
より高速、安全、大容量の情報通信を、なおかつ省エネルギーで行うことが求められ続ける中、目標へのアプローチの可能性は様々な場所に点在している。落合教授は、自身の研究を「簡単に言えば、いかに効率のよい信号をつくるか」と話す。これまでの研究歴で、情報を誤りなく相手に伝える「符号化」と、限られた周波数資源と電力を用いてノイズにより強い信号を作り出す「信号処理」に関する研究の両方に精通する。
専門が細分化する現代に、俯瞰して統合的にアプローチできる強みを生かし、さらに「限界を突き詰めたい」と意気込む。無線通信技術がこれほどまでに成熟した今も、落合教授は「より多くの人やモノを確実につなげるためには、まだまだやらないといけないことは多い」と話す。近年は小型センサの高度化により、モノのインターネット:IoTが実現するのも、無線の効率化を目指す飽くなき挑戦の一端である。現在も最も広く一般的に浸透している「4G」があるにも関わらず、さらに一歩先の「5G」へ進めたのも、研究者たちの「さらなる高周波を活用してより大容量へ」という高みを目指す機運から生まれたもの。世界はさらにその先の「6G」へと、さらに歩を進めようとしているという。 想像していなかったものが当たり前になる、落合教授のような「限界をつきつめたい」という研究者たちの思いが、そんな未来を実現するのかもしれない。
若手科学者賞
■ 神戸 徹也 准教授(応用化学専攻)
「精密制御による新規無機ナノ材料の開発に関する研究」
想像を超える機能も。原子数や構造を制御する新ナノ無機材料開発
「ナノサイズの無機材料をいかに精密に作るかにフォーカスした研究に取り組んでいます」。 2023年10月に工学研究科の正岡研究室に赴任した神戸徹也准教授が取り組むナノ材料開発技術は、想像をはるかに超える精密さだった。

有機化学は、薬剤を代表例に比較的自在に合成できるが、無機の材料では例えばセラミクスやガラスなど、分子量が大きいものは制御して合成するのが困難だという。ナノ粒子やナノシートという形状を制御する研究も行われているが、神戸准教授の研究コンセプトは、それよりもう一段精密に原子数や構造まで制御して材料開発するというもの。原子の数を決まった数に制御して合成することで、アルミニウムだと原子数が13個で超原子という特性をもった材料になるという。また、これとは異なる構造を制御する研究では、炭素を成分とする単層構造で有名なグラフェンのように、無機物で単層構造の材料を作る研究にも取り組む。現在はホウ素の単層構造のボロフェンという新規無機材料の開発に注力。化学的に合成したボロフェンは高温耐性があり、半導体であることから電気を流すかどうかについても制御ができるため、より多くの可能性を持つ材料だ。「この化学ボロフェンも、生成したあとで液晶の特性を持つことが分かりました。今後も、原子数や構造を制御して新素材をつくっていくなかで、予想外の特性・機能を発揮する素材の発見につながると楽しいですね」と神戸准教授はさわやかにほほ笑む。想像を超える新材料の誕生に期待はふくらむ。
■ 松垣 あいら 准教授(マテリアル生産科学専攻)
「骨系細胞制御機構の解明に基づく骨基質配向化誘導材料の研究」
より強く、健康な骨を作るために。金属材料を利用した精緻な骨の再生技術。
高齢化が進む社会、骨の再生技術は、大きな注目を集めている。
従来、骨折や骨粗鬆症を防ぐあるいは予防するには、医師の間でも、骨の量や骨密度を大きくすることが重要であると考えられていた。一方、松垣准教授が所属する中野研究室では、生体材料の研究成果から、骨の量と骨密度に加え、「骨質」に着目する。

原子レベルで骨を構成する分子の向き(配向性)が重要であることを突き止め、その重要性を医学分野の学会などにも訴えている。分子生物学のバックグラウンドを持つ松垣准教授は、医歯薬工連携の共同研究体制を築きながら、骨質を高める生体材料の研究開発にナノレベルから取り組む。チタンなどの金属材料と骨組織を構成する細胞との反応を観察し、骨の育つ向きがどうなるか、結果として骨質が強くなるかを探索する。遺伝子から全身の機能まで、大きさも時間軸も幅のひろい研究だ。すでに代替骨として実用化されている生体材料であっても改善点は多い。生体に埋め込む金属材料での補助が強すぎると、力学的に骨自体に力が作用しなくなることで、結果として骨が劣化してしまうという。新たな生体材料が求められている。
「現在は、生体に埋め込んだ材料によって、細胞の反応、骨の生成に至るまでを事前に予測するシミュレーションの研究にも力を入れています。それをベースに最適な生体材料を金属の3Dプリンティング技術で作ることができれば、がんの転移など病気の状態に応じて、また、患者さんそれぞれの体格に合わせた個別化医療などに繋がる未来が開けます」と語る松垣准教授。 研究のモチベーションのひとつは新発見の喜び。細胞の向きと平行に骨が生成されるという従来の常識が、ナノ材料を使うことで、たった一つの遺伝子により垂直に生成されるようになることを学生とともに解明した。「新しいことを研究室の皆と発見した瞬間が研究を行っていて一番楽しい瞬間です」と語る松垣准教授。今後、常識を覆す新たな材料を開発し、骨の再生に大きな一石を投じることに期待したい。
■ 石割 文崇 講師(附属フューチャーイノベーションセンター)
「二次元性を持つ有機高分子物質の開発に関する研究」
誰も作ったことのないものを。新たな「ラダーポリマー」を生み出せ

「世に無いものを作りたい」と言い切る石割文崇講師。主な研究は、梯子のように2つの化学結合を有するラダーポリマー。「簡単にいえば、きしめんですね」と例える。長く連なり、規則正しく並ぶ分子のつながりをポリマー(高分子)といい、化学結合が1つで連なるものが大半だという。身近には、ナイロンや合成樹脂などがある。
通常のポリマーを線だとすると、ラダーポリマーは面。二次元になることで結合する手が増え、活用の可能性は格段に増す。機能が跳ね上がったり、全く異なる機能を持つことから期待される材料だ。しかし、分子同士の結合の手がきれいに揃わず、制御してつくることは難しい。提唱は1900年代と古いが、その合成例はまだ少ない。難しいからこそ、石割講師は可能性を感じ挑むという。近年になって、ガス分離膜の機能が報告されてから、CO2をはじめ有害ガスの排出制御に活用しようと海外でも研究が活発化する。
石割講師が挑むテーマは大きく2種類。ガス分離膜のほか、導電性能に着目して、グラファイトをリボン上に伸ばしたグラフェンナノリボンを生成。片側にイオンが結びつくように設計し、将来的には電気化学トランジスタへの活用を見据えた研究にも意欲的だ。
「作りたいものがなくなったら研究者をやめます。とにかくいろんな材料をつくってみたい」と真っすぐ話す姿に、科学者(化学者)の矜持が垣間見える。いま注力するのは、二次元面の表と裏で異なる性質を持つラダーポリマーの開発。未知の材料を探す旅を「計画するときが一番好き」と楽しそうに話す。
きっと未来を変えうる新発見はこういうところから生まれるに違いない。