閉じる

研究成果 中野貴由教授が井上春成賞を受賞

マテリアル生産科学専攻の中野貴由教授が、第49回井上春成賞を受賞しました。
「井上春成賞」は、新技術開発事業団の初代理事長・工業技術庁初代長官の井上春成氏が日本の科学技術の発展に貢献された業績に鑑み、新技術開発事業団の創立15周年を記念して創設された賞です。

受賞技術名称:「強固な配向骨を誘導する積層造形椎間スペーサ」

===如何にして常識を覆す成果に至ったのか、中野教授にお話を伺いました(2024.7.11UP!!)===

骨の常識を変えた金属3Dプリンティング
期待度“特大”の異方性材料科学

骨の強度、その常識が大きく変わりつつある。
きっかけを与えたのは、金属3Dプリンターでつくられた生体材料だ。
骨の強度は、「骨密度」よりも「骨の質」、特に「骨の配向性(骨の中の原子配列)」が重要だという。
これを見出した工学研究科 中野貴由教授らによる成果が、2024年5月31日、快適な社会の形成や経済の発展などに寄与した技術を表彰する井上春成賞を受賞することが決定した。授賞式は、2024年7月12日に東京で行われる。
中野教授に話を聞いた。

中野教授らは、金属3Dプリンターを用いてハニカムツリー構造という特殊な構造をもつ脊椎スペーサーを企業と共同開発し、2021年の臨床開始から僅か2年で3,000例もの実績をあげている。
脊椎スペーサーとは、椎間板の疾病や損傷した場合などに、脊椎の再生を促すよう埋め込むインプラントのこと。従来品は、スペーサー内に骨の元となる自身の骨を砕いたものを詰め込み、椎体間へと埋め込む手術をする。健康な状態にまで回復するには、おおよそ1年間を要していた。
しかし、中野教授らのハニカムツリー構造をもつスペーサーでは、驚くことに僅か2か月での回復を実現。しかも、埋入する骨を採取する必要もなく、患者の負担はより小さい。
この画期的な生体材料は、優れた成果とともに医療業界に広がりつつある。医療の常識を覆す成果に、中野教授はどのように辿り着いたのか。その秘密は、「骨の配向性」さらに言えば材料が有する「異方性」にあった。

↑ハニカムツリー構造をもつ脊椎スペーサーの拡大模型

1996年、中野教授の博士号取得時の専門は「航空宇宙材料」、研究テーマはチタンアルミ(TiAl)に関するものだった。生体材料とは一見無縁のテーマだった。

TiAlは、ボーイング787の航空機エンジン部分に初めて搭載された高温耐熱材料だ。対称性の高い原子配列をもつ部分(90%)と、対称性の低い六角柱の原子配列をもつ部分(10%)とで構成されている。中野教授は、この10%の部分に着目。力を受ける向きによって強度などが異なる特性=「異方性」をもっていた。TiAlは、異方性のある物質が10%混合されることで、3倍も強度が増す材料に変わっているという。中野教授は、材料全体の特性を変えてしまう異方性材料に大きな可能性を感じ、のめりこんでいった。

中野教授は異方性について「例えば、鉛筆を太くしたような六角柱を机の上に垂直にたてた状態をイメージしてください。六角柱は、真上から力を加えると強い強度を示しますが、真横からの力には弱い。力をかける向きによって強度が異なる特徴があります。反対に、完全な球体は、どこから力をかけても同じ強度となり、『等方性がある』といいます」と解説してくれた。さらに「自然界に存在する物質は、すべて異方性があります。木材などが分かりやすい例ですね。向きによって割れやすさが異なることが知られています。耳慣れない言葉かもしれませんが、実は『異方性』は私たちに身近な特性ともいえます」と話す。

異方性材料研究の道へと歩みだした中野教授が生体材料と出会うことは、遅かれ早かれ時間の問題だった。生体材料は、身体の中に埋め込むため、免疫など拒絶反応が出てしまっては成り立たない。チタンはそれが起きにくい材料として知られていた。
中野教授が、単にチタンで骨をつくるだけに留まらず、骨の中でナノレベルにて何が起きているのかまで明らかにしたいと考えたことも、これまでに材料科学者として培った性(さが)から自然の成り行きだった。

時代も後押しをした。米国オバマ大統領が、2013年の一般教書演説で3Dプリンティング技術の将来性に言及し有望視したことで、この分野の研究開発が世界的にも大きく進展。金属3Dプリンティング技術によって生体材料をつくる土壌ができた。大阪大学内の異分野融合にハードルの低い風土も手伝い、医歯薬系の研究科や附属病院との生体組織研究が進んだ。他大学や企業を併せると30以上もの医歯薬系の異分野グループとの共同研究が現在進行形という。

こうして、中野教授はチタン製のあたかも「骨」として振る舞う医療デバイスを開発し、ナノレベルでの骨の再生、疾病、遺伝子操作の影響を追究したことで、「骨の配向性」が骨の強度に大きく関係していることが世界に先駆けて明らかになった。

10年以上に及ぶ企業や医歯薬系研究者らとの協働、医学系の学会での発表などを地道に継続したことは、臨床開始から期間を置かずに国内に広がることを後押しした。
大きな可能性を秘めた金属3Dプリンターによる生体材料、その今後の展開を中野教授はこう語る。「最先端プロセスとしての研究開発・技術面での課題は山積していますが、金属3Dプリンターを用いることで、個人個人に最適化された『カスタム(オーダーメイド)医療』につなげることもできます。

金属3Dプリンターの様子

また、骨粗鬆症など、骨の疾患で悩まれている方々は世の中にたくさんいらっしゃいます。その疾患の多くは『骨の配向性』にも影響を与えていることが分かってきています。しかし、骨の強度に『骨の配向性』が重要なことは分かっても、それを健常者が侵襲なく測る術は残念ながらまだないんですね。今、それらを評価するための仕組みや、シミュレーションが可能にできないかの研究に取り組んでいます。骨の健康は、人生を楽しむためには欠かせません。まだまだすべきことは満載だなと、思っています」と、明るく未来を語りニカっと白い歯を見せる笑顔に、大変な研究を力強く乗り越えていく頼もしさを感じた。

※ 井上春成賞について
「井上春成賞」は、国立研究開発法人科学技術振興機構の前身の一つである新技術開発事業団の初代理事長であり、工業技術庁初代長官でもあられた井上春成氏がわが国科学技術の発展に貢献された業績に鑑み、新技術開発事業団の創立15周年を記念して創設された賞であります。
 本賞は大学等や研究機関等の独創的な研究成果をもとにして企業が開発、企業化した技術であって、わが国科学技術の進展に寄与し、快適な社会の形成、経済の発展、健康福祉の向上などに貢献したものの中から特に優れたものについて研究者および企業を表彰するものです。

出典:https://inouesho.jp/gaiyou/index.html

interviewee:工学研究科 中野貴由 教授
interviewer&writer&editor:工学研究科 総務課 評価・広報係 KM、AM

(お話を伺った日:2024.6.6)

【参考リンク】

第49回(令和6年度)授賞者|井上春成賞

中野研究室 | 大阪大学大学院工学研究科 マテリアル生産科学専攻 材料機能化プロセス工学講座